あなたがあなたを嫌いであるというのは本当か? 〜自分を憎む者たちへ〜

 

おまえを救い出す者の名は。

あなたがあなたを嫌いであるというのは本当か?

・自分を愛するという人間の根源
・自分を愛するという守護神
・自分を憎む心の正体
・自分を憎む者たちへ

・自分を愛するという人間の根源

自分を愛さないという者が存在する。それどころか自分自身を悪く言って宣伝したり、自分の国を咎めたりしてそれを生きがいにしている種類の人間までいる。幼い頃から健全に育った結果として、このような人種が生み出されるのだろうか。素朴な疑問である。

自分自身や自分の属するものを嫌ったり、有罪だと決めつけるなんて、とても生きにくいことではないだろうか。人は誰だって、最も幼い頃、まずは愛されることから人生は始まる。愛されて、与えられ、徐々に力をつけて、やがてその代わりに愛すること、与えることを覚えていく。

自分をこの世界に揺るぎなく立たせるためには、まず自分を愛する力が必要だ。この世界の誰よりも最初に、自分自身を愛し、自分自身に与え、その絶え間ない鏡の中へ注がれる愛により、人は自信を持ってこの世界を生き抜くことができるのではないだろうか。

自分自身を愛することの次に、ほかの誰かを愛することになっても、自分自身を愛する自分は決して消えやしない。人は誰でも、過去を綺麗さっぱり捨てて未来を掌に握っているわけではないのだ。英語の「現在完了の継続」の観念のように、過去をすっかり蓄えたまま、過去を軸として今という世界を築き上げていく。その先に未来を感じる予感がある。

ぼくたちは誰でも、それに気がついていなくても、自分を愛することのできる自分を根源とし、土台とし、その上に立つことで世界に存在できている。そのような自己愛を前提とした上で、他人や世界を愛してゆくのではあるまいか。逆にいうと、自己愛という土台を損ねてしまったら、他人を愛することはおろか、この世界に立つことも不可能になってしまう。

 

 

・自分を愛するという守護神

物事には順番があり、その順番通りにやらなくても成功する例もあることにはあるが、人間の野性的で根元的な世界に対する姿勢という点において、それは必ず適応される順序だろう。

自分を愛すること、自分を正しいと思い込むことで、この不条理な世の中で、お前が悪いとどんなに罵られようとも自分を匿い、庇い、護り抜くことができるのだ。それは人間として生きていく上で、必要不可欠な本能である。

逆にお前が悪い、すべてお前のせいだ、お前なんか要らない人間だと不条理に叫ばれたとして、それをそっくりそのまま自己愛の守護なしに受け入れるような人格から、もはやこの世に1秒でも立ってはいられないだろう。世界の悪意は彼を侵食し、心を奪い去り、骨抜きにし、彼の命はこの世から消え去ることだろう。あまりに純粋な魂以外そのような状況にならないのは、誰もが自分自身を思う厚い気持ちで知らず知らずのうちに自分を保護しているからである。

あまりに大きくなりすぎない自己愛や正当化は、この世界に立てる証であり、健全な成長の結果であり、誰もが持ち合わせているものである。この世界に立っている限りは、誰もが自分を愛する心を持たずにはいられないのだ。

世界の誰もが自分を愛していないような顔をして、誰もが自分を愛する気持ちを持っているというのは、人間は誰もが動物ではないような顔をして社会生活を営み、その実確実に動物であり、排泄も生殖もしているような姿にとても似ている。人間はこのようにして、自分自身に照らし合わせてみれば明らかに嘘だとバレてしまう偽りを世界に見せつけて、そしてその種の嘘をまた誰もがついているということを知りながら、それに気づかないふりをして器用に世の中を渡っていく。

 

 

・自分を憎む心の正体

しかし世間を見渡してみると、自分を嫌いだと言う人がいる。自分自身を嫌いだと言う人もいれば、自分の属する国を嫌いだと言ってその主張を生きがいにしている人までいる。これは面白い事実である。

ぼくが思うに、本当に純粋に真実に心の底から自分を嫌い、自分の属するものを嫌悪している者はいないだろう。そのような者は土台を失い、この世から消滅してしまうからだ。嫌いだ、嫌悪しているなどと言葉では言い放っておいて、本当は密かに潜在的な自己愛を保っているどころか、その自己愛がゆがんで過剰に膨張していることもあるだろう。

自分を嫌ってこの世に生きているなんて非常に不可解だ。誰もが本当は自分自身を愛している。その自己愛の上に、何かしらの植え付けられたおそれがあり、それが自己愛に蓋をして、本来発動すべき通路が閉ざされてしまっているのではないだろうか。

自己愛は無意識のうちに蓄えられているのに、無意識と自我の通路が途絶され、言葉ばかりの植え付けのおそれや罪の意識が人間の精神の表面に顔を覗かせる。しかし表面は真実を示さない。表面がいかなる様相を呈していようとも、ぼくたちはその根底にあるその人の本当の根源の声を聞かなければならない。彼の真実の顔はその根底にある。決して表層に惑わされてはならない。

 

 

・自分を憎む者たちへ

植え付けられたおそれに苛まれて、人は自分自身を憎み、この世を生きづらくなる。生きる度に自分を傷つけ、自分を責めて、自分を見失い、どうしようもなく立ち止まる。浅はかな言葉や思想によって洗脳された、表層の曇りが邪魔をして、真実の自己愛に光が届かない。本当の自分に光が届かない。

穢れを祓いのけてあげよう。あなたがあなたに戻れるように。抱きしめてあげよう。あなたがあなたへ帰り着く場所。

真実なんかこの世にはない。あるのは武力の勝者が自分に都合のいいように流した噂が「歴史」という言葉の庇護のもとで正当性を主張している怪しい姿だけ。あるいは誰かを傷つけたくて仕方がなかった、悲しい魂の言葉の残骸。

穢れを祓いのけてあげよう。あなたがあなたに戻れるように。抱きしめてあげよう。あなたがあなたへ帰り着く場所。

この世であなたを救い出すのは、ただひとりあなたしかいない。子供のように、動物のように、清流の鏡に映る、あなたを愛するあなたを取り戻すのは、そして安らかな海へと帰る道を示すのは、ただあなたという名の灯火ばかり。

怠ることなく修行を完成させよう。他の誰もができないことを、あなたから、あなたへ。

 

 

 

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