中国語と日本語が全く違うというのは本当か? 〜言語による孤独の考察〜

 

意外と同じ音が結構あった!!!!!

中国語と日本語が全く違うというのは本当か? 〜言語による孤独の考察〜

・中国大陸南部横断の旅
・中国語の抑揚のある発音
・中国語の文法も発音も日本語と全然違う
・中国で発見した日本語の音読みと似ている中国語
・言語学から派生した孤独の考察

・中国大陸南部横断の旅

ぼくは45日間に渡って、中国大陸南部を横断した。中国ではほとんどというか、全く英語が通じなかった。中国を個人で旅行する際には、最低限の中国語を覚えていった方がいいだろう。ぼくは大学で1年間だけ中国語を勉強したことがあったが、1年でもやったことあるのとないのではだいぶ違うのだろうと思うほどにその知識は役立った。

 

 

・中国語の抑揚のある発音

中国語と言えば、日本人の人は結構やかましいという印象を持っているのではないだろうか。確かに日本語が平坦な音をずっと維持して抑揚なく喋り続けるのに対して、中国語はグワングワンと言葉の音が波打つように抑揚をはっきりさせて、上下に揺らしながら喋っているような印象がある。

中国語を学んだことがある人ならば誰もが最初に習うことだが、中国語の音は同じ「マ」という音であってもその音の抑揚によって4種類にわかれており、その音の抑揚によって全く意味も異なってくることから、中国語を喋り相手に理解させたい時には音の抑揚をはっきりさせる必要がある。中国人も何も好きでやかましく喋っている訳ではなく、自らの中国語を相手に通じさせるための術として抑揚をつけて発音しているのかもしれない。

 

・中国語の文法も発音も日本語と全然違う

中国語を学んでいると、その文法は日本語とは全く異なり、むしろ英語の語順に近いことに気づかされる。中国人が英語を学ぶと語順が同じなのですごく簡単なのではないだろうか。日本人が中国語を学んでいると文法が異なることで困るかもしれないが、誰もが英語を勉強したことがあるはずなので英語と同じと思えば戸惑いも少ないだろう。

また、ぼくたちは普段漢字を使っているので中国語を見てなんとなく理解することは可能だが、漢字の発音は日本語の音読みとも全く異なっていることが多いので、勉強していないとほとんどの漢字を正確に発音することができない。ぼくたちは小学校の頃から漢字を習い、日本語の音である「訓読み」のみならず、なぜか古代の中国語の発音である「音読み」まで習わされたのに、中国語の次元にまで行き着くとそれすら通用せず、新しく今の中国語の漢字の発音を学ばなければならなくなる。

おそらく日本語の音読みというのは古代中国の元々の発音だったが、それらを日本に輸入した時から時代は移り変わり、中国大陸では国ができては滅んでを繰り返し、民族もその度に入り混じったり混乱したりして、漢字の読みも次々と変化していったのだろう。日本の方が古代中国の漢字の読み方を保存しているのではないだろうか。

 

 

・中国で発見した日本語の音読みと似ている中国語

そんな感じで漢字の発音が全く異なるので、日本語の音読みの読み方は全く通じず、もはや中国語の発音を知らない漢字はどうせ通じないので中国人に対して発音することもなくなっていった。しかしふとした瞬間に、中国語の今の漢字の発音と、日本語の音読みの音がものすごく似ていることがあるのに気づかされてハッとなる瞬間が度々あった。中国語と日本語はもはや文法からして違う言語で、日本語の音読みであろうと中国人には通じないと諦めていたが、やはり今の中国にも古代から変わらない音の漢字は存在しているようだった。

たとえばぼくが最初に驚いたのは「少数民族」という言葉だ。この「しょうすうみんぞく」という日本語の音をそのまま中国人に聞かせてほしい。きっと伝わる。彼らはこれを「しょうすーみんずー」と日本語の音読みとそっくりに発音していたので感動した。ぼくたちは全く異なる言語体系で生きているように思えて、やはり東アジアという枠の中で、確かに同じ概念と音を共有し分かち合いながら暮らしてきたのだ。このように国境を超えてでさえつながり合うものを感じることは、旅における重要な課題である。

他には「原住民」の音もそっくりだった。それに「刺繍」「修理」という音も同じだったし、「料理」という音も非常によく似ていた。彼らはこれを「りゃうり」と読むらしい。

 

 

・言語学から派生した孤独の考察

日本語の音読みと似ている中国語の音を見つける度に、ぼくは日本と中国との歴史的なつながりを覚えて心が躍った。全く別の異国へ来たと孤独感に苛まれている時でさえ、ふと気がついてみると、自分と同じものを見つけてあたたかな気持ちになるのかもしれない。日本は東アジアの中でも海に閉ざされた孤独な島国であり、ほとんど他とのつながりを持たずに孤独を深めて来たのだと感じるような時にも、実際には数限りない交流が歴史の上で行われて来たのだろう。

自分は孤独だと感じるのは、実際のところ、無知なだけなのかもしれない。真実を灯火に翳せば現れる数限りない繋がりを、見定めるだけの成熟した目を持ち合わせていないだけなのかもしれない。ぼくたちはありとあらゆる形でつながりあい、関わり合い、孤独であるだけの隙さえなかった。世界を旅すればするほど、世界の人々を知れば知るほど、ぼくはあらゆる世界が少しずつ時に大胆につながっていることを実感し、孤独から解放される思いがする。

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真実の孤独という清らかな世界は、むしろ人間が訪れるのは難しい清澄な聖域なのかもしれない。そして今まで散々つながり合い、関わり合いながら生き延びて来たくせにたやすく孤独を主張するのは、傲慢な種類の人間なのかもしれない。真実の孤独へと、たどり着く者は少ない。

 

 

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