いつも正しいことばかり言っている人間などくだらない。
中島みゆき「愛よりも」を考察!いつも正しいことばかり言う人が信頼に値する人物だというのは本当か?
・いつも正しいことばかり言う人が信頼に値する人物だというのは本当か?
・中島みゆき「たかが愛」
・悪を真剣に表現するアーティスト、中島みゆき
・中島みゆき「愛よりも」
・どうしようもない悪への真剣な対峙とその表出
目次
・いつも正しいことばかり言う人が信頼に値する人物だというのは本当か?
いつも正しいことや、常識的なことや、道徳的なことばかりを言う人がいる。しかもそういう種類の人々は生きる度に周囲に増加していく。誰もがうまく世渡りしていくためには、正しいことや常識的なことを発言さえしておけば、他人から貶められることもなく足をすくわれることもなく安定した人生を歩んでいけるとわかってくるからだ。
しかしいつもどんな時も正しく常識的に生きられる人などこの世にいるのだろうか。人間というものは必ず間違いながら、過ちを重ねながら生きていくからこそ多面的で趣深いのだ。それなのにそのような間違いや過ちの体験を全く加味しないで、ただ教科書に書かれた通りの正しさや常識を発信するだけの人間なんてどこに人としての味わい深さがあるだろうか。
正しいことや常識や道徳などは、教科書や学校の先生やテレビから教えてもらっている分でもうたくさんである。そんな何度も聞いた分かり切った定型分よりも、人間が生きる度に引き起こす間違いや過ちなど独自の体験を交えた、正しさだけでは割り切れない矛盾をはらんだ真実の人生というものを提供してくれるような人物の方がはるかに信頼できるのではないだろうか。
正しさや常識や道徳の中に居住していれば安全だからとそこから抜け出すことをせずに、正しさや常識や道徳の中にだけ生きているわけでもないのにさもそのようにふるまいながら偽物の正しい人間としてこちらに対峙してくる人物と、人間はどんなに正しく生きようと努力してもどうしようもなく間違ってしまう生物なのだということをしっかりと受け入れ、その上で人生と真剣に向き合っているような人生観を持っている人物と、果たしてどちらが人として信用に値するだろうか。
・中島みゆき「たかが愛」
間違いだけを数えていても
人の心をなぞれはしない
教えておくれ止まない雨よ
本当は誰をさがしているのああ この果てない空の下で
何ひとつ間違わない人がいるだろうか
・悪を真剣に表現するアーティスト、中島みゆき
歌に関してもそうだが、正しいことばかり歌っているような歌もこの世には存在する。愛は素晴らしいとか、夢を大切にしようとか、恋していて幸せだとか、友情はかけがえがないとか、未来は希望に満ち溢れているだとか、そういうことばかりを明るい笑顔で歌っているようなアーティストもしばしば存在する。しかしそんな理想的で模範的な風景は典型的な教科書の中の世界で十分である。そんな正しくて明るい世界を発信するようなアーティストよりも、間違いや苦悩を真摯に歌に閉じ込めているアーティストの方がはるかに価値があるし、芸術家として信頼できるのではないだろうか。
その観点からぼくは中島みゆきというアーティストを心から信頼している。彼女はこの世で悪だと言われている事項に関しても積極的に取り上げ、悪の中をどうしようもなく生きる人々の心に関しても歌い続けているからだ。間違いや悪を積極的に取り上げる姿勢を貫いている代表的な楽曲に「愛よりも」がある。
おそらくその歌はあまり有名ではなく「グッバイガール」というオリジナルアルバムの中のアルバム曲の一曲に過ぎないが、一度聞いたら忘れられないくらい胸に突き刺さる歌詞が印象的だ。また夜会「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせし間に」ではクライマックスの場面で大迫力の演出で歌われている。
・中島みゆき「愛よりも」
嘘をつきなさい 物を盗りなさい
悪人になり
傷をつけなさい 春を売りなさい
悪人になり救いなど待つよりも罪は軽い
・どうしようもない悪への真剣な対峙とその表出
こんなにも積極的に悪を推奨している刺激的な歌詞を、ぼくは中島みゆき「愛よりも」の他に知らない。まるで悪人こそ救われるという、親鸞聖人の悪人正機の日本的仏教思想を聞いているようでもある。どうしようもなく運命的に悪へと進まざるを得なかったこの世の魂たちが、この歌詞によってどれほど救われることだろうか。
人間がいつでも正しい生き方ができるとは決して限らない以上、どうしようもない運命に翻弄されればされるほど、真摯に人生や自分と向き合って生きれば生きていくほどに、自らの過ちや間違いや悪と真剣に対峙せざるを得なくなる。そして次第に、この世の正しさや常識や道徳の中にある浅はかさと偽りに気づかされるのだ。
本当に人生を真剣に生き抜いている人なら誰でも、正しさや常識よりもむしろ、悪や間違いへと視線を導かれることだろう。ぼくたちは人の世を生きていく上で、つい清らかで正しそうな耳障りのよい発言ばかりをするような人間たちに心を奪われそうになってはいないだろうか。しかし非難を恐れず正しくないこと、非常識なこと、人の道から外れたことでさえ積極的に表現し、この世に芸術体として立ち現しているような種類の人間の魂こそ、真に信頼するに値するとぼくは強く感じる。いつも正しいことばかり言い放っているような人に限って、人間としての深みを感じなくはないだろうか。