コロナ自粛で世界一周の旅ができないというのは本当か? 〜聡明な人々は、すでに渡り終っている〜

 

異国に出ないと旅ができないと思っている人間は、旅人として軽薄である。

コロナ自粛で世界一周の旅ができないというのは本当か? 〜聡明な人々は、すでに渡り終っている〜

・新型コロナウイルス肺炎による旅の困難
・家にいても旅立つことはできる
・旅には2つがある
・旅人はあらゆる状況において永遠に旅を続けることができる
・聡明な人々は、すでに渡り終っている 〜ブッダ最後の旅より〜

・新型コロナウイルス肺炎による旅の困難

今日になっても新型コロナウイルス肺炎の拡大は収まりそうもなく、「お出かけしてはいけない」という空気で日本中が満たされている。日本が外国人の入国を拒否しているし、外国も日本人の入国を拒否または制限しているところが多く、そもそも飛行機自体がそんなに飛んでいないだろう。

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世界一周の旅をしていたぼくは、たまたま中島みゆきのラスト・ツアー「結果オーライ」を鑑賞するためにちょうど1月初旬に日本へ帰国していたので難を逃れたが、世界一周の旅人の中には新型コロナで国が閉鎖されるという未来の流れを読み解くことができずに、異国に閉じ込められ、日本に帰りたくても帰れない人が続出しているという。

 

 

・家にいても旅立つことはできる

ぼくは日本に帰国してから日本一周の旅の一環として、四国お遍路の旅を遂行したが、それ以来は武漢肺炎の気配も拡大傾向を見せているので、おとなしく実家で過ごしている。

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エネルギーあふれる若者の中にはこの自粛ムードに耐えられずに外出や卒業旅行を敢行し、コロナをもらっているという種類の人間も都会を中心に出現しているらしい。ぼくも旅人なのに家に閉じこもっているので、旅に出たくてウズウズしているのではないかと質問されることもあるが、全くそんなことはない。なぜなら、家にいたって旅に出ることは可能だからだ。

 

・旅には2つがある

外に出たり異国に出ないと旅ができないと思っている人間は、旅人として軽薄である。何も無鉄砲な若いエネルギーを一気に発揮させて、外の世界や異国に向かって肉体を旅立たせて自分の行動範囲を広げることだけが旅ではない。自分の内面にも宇宙のように奥深い未知なる世界が広がっていて、本や映像などの創造物に触れることによって、たとえ家の中にいたとしても自己の内面の宇宙へと深く深く旅立っていくことが可能だからだ。

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旅には2つがある。異国へと広がりあらゆる異物に触れることが旅ならば、自分自身の内面へと旅立ち未知なる自己の深淵を追求することも旅である。

 

 

・旅人はあらゆる状況において永遠に旅を続けることができる

ぼくは四国お遍路の巡礼を終えて自宅にいる間、YouTubeで素晴らしく質の高い仏教に関する動画を立て続けに見つけたので、仏教の知識を深めることで非常に充実した自宅生活を送っている。東アジアの仏教圏内に生まれ育ったぼくが仏教のことを深く理解することは、自分自身を深く知ることに他ならないので、自分という未知なる生物を観察しているようで非常に興味深い。

また最近はブログを書きすぎてアウトプットばかりしていてインプットできていないと感じていたので、ブログを書かないでおとなしく買っていたのに読んでいなかった本を読みながらひたすらインプットに時間を充てている。旅をすることもインプットのひとつだが、旅をするというインプットがダイナミックな行動すぎて、旅の間に本を読んだりして興味深い新しい物事を取り入れようと思っても全くできていなかったので、外界への旅がしにくい今は本を読む絶好の機会だ。旅先だとどうしても五感をフル活用してどんな些細な時間でも世界を繊細に感受してしまうので、読書の時間なんて持てなかったのだ。

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本を読むことでも自己の内面にある見知らぬ異国を旅し、新しい発見に感動し心を躍らせることが可能だ。このような自己の内面と向き合う時間を通して、また武漢肺炎が収束した暁に外界へと旅立った際には、見えてくる世界が深く異なってくることだろう。

どんなに状況が異国へと旅立つことを困難とさせても、ぼくたちはいつだって旅を続けることができる。旅人としての真実の瞳を見開くのならば、外なる力によって強制的に旅を妨げられようとも、ぼくたちは新しい旅立ちのための自由な足を手に入れ、進めることができる。どんな権力や運命の大いなる津波がぼくたちを襲おうとも、真実の旅人は死ぬまで、旅を止めることなく続けることができる。死んでも、旅を続けることができる。

 

 

・聡明な人々は、すでに渡り終っている 〜ブッダ最後の旅より〜

”次いで尊師はガンジス河におもむいた。そのときガンジス河は水が満ちていて、水が渡し場のところまで及んでいて、平らかであるから烏でさえも水が飲めるほどであった。或る人々は舟を求めている。或る人々は大きな筏をもとめている。また或る人々は小さな桴を結んでいる。いずれも彼方の岸辺に行こうと欲しているのである。そこで、あたかも力士が屈した腕を伸ばし、また伸ばした腕を屈するかのように。まさにそのようにして僅かの時間のうちに、こちらの岸において没して、修行僧の群れとともに向こう岸に立った。

ついで尊師は、或る人々が舟を求め、或る人々は筏を求め、或る人々が桴を結んで、あちらとこちらへ往き来しようとしているのを見た。そこで尊師はこのことを知って、そのときこの感興のことばをひとりつぶやいた。

 

沼地に触れないで、橋をかけて、海や湖を渡る人々もある。
水きれや蔓草を結びつけて筏をつくって渡る人々もある。

 

聡明な人々は、すでに渡り終っている。”

 

 

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