イスラエル美女とジャングルトレッキング!徴兵を終えた女性が強く逞しいというのは本当か?

 

イスラエルでは女子も徴兵に行くらしい…!!!

イスラエル美女とジャングルトレッキング!徴兵を終えた女性が強く逞しいというのは本当か?

・ルアンナムターで少数民族の村を目指すトレッキングに参加しよう
・ルアンナムターからの日帰りトレッキングの値段は?
・イスラエル美女はなんと徴兵を卒業していた
・鬱蒼としたラオスのジャングルの中を練り歩く!
・ジャングルの中の野生的な食事の思い出
・15分ごとに立ち止まり泣いてしまうイスラエル美女
・イスラエルの軍隊訓練の謎は深まる
・貧しくてエネルギーに溢れていたアカ族の村
・バッテリーギリギリの状態で撮影できたアカ族の民族衣装!
・アカ族の村からルアンナムターまでは激しい悪路をバイクで

・ルアンナムターで少数民族の村を目指すトレッキングに参加しよう

ルアンパバーンに6日間滞在し、その後ヴァンヴィエン観光をした後、再度ルアンパバーンに戻り1泊し、ラオス北部のルアンナムターへやって来た。あまり有名ではないラオスのルアンナムターを訪れようとした理由は2つあった。

ひとつはこれから北上して中国へ行くので、ラオスと中国の国境付近のルアンナムターはルアンパバーンから中国雲南省の首都・昆明への中継地点に最適だと思ったからだ。もうひとつの理由は、このルアンナムターの町ではラオスの少数民族に出会えるトレッキングツアーが開催されており、ぼくはラオスの少数民族に興味があったからだ。ぜひそのツアーに参加してみたい!

 

 

・ルアンナムターからの日帰りトレッキングの値段は?

ルアンパバーンからルアンナムターまでは直行バスが出ており、宿で手配できたのでなんの問題もなくルアンナムターに到着できた。ルアンナムターは本当に小さくな町だったので、旅行会社も狭い範囲に集中していて手配しやすい。ぼくはいくつかの旅行会社を周り、日帰りトレッキングの値段を聞いて回ったが、みんな80ドル前後だったので、意外と高いから諦めようとしていた。

しかし最後に入った旅行会社では、参加人数によってツアー料金が決まる仕組みらしく、明日はもう既に4人参加者が決まっているので65ドルだと言われた。これならまだ安いし参加してもいいかなどうしようかなー。考えてからまたくるねと去ろうとすると、なんと値下げが始まり、最終的には内緒で40ドルにしてくれるということだったのでその場で即予約した!ぼくはこれくらいの値段をあらかじめ想定していたのだ!

旅行会社は日帰りトレッキングツアーの値段が全然違ったので、町中全部値段を確かめてから購入した方が絶対にいいと思う。

 

・イスラエル美女はなんと徴兵を卒業していた

 

集合はツアー会社の前に8時半!腹痛でカップルが来られなくなったということで、3人だけのトレッキングツアーとなった。もう2人はイスラエル出身の綺麗な美女の二人組!これは楽しいトレッキングツアーになりそう!ぼくたち3人とラオス人のガイド1人の合計4人でトゥクトゥクに乗って、トレッキングの入り口へと向かう。

途中で昼ご飯を買うために市場に立ち寄る。イスラエル美女2人はベジタリアンらしく、ラオス人のガイドは彼女たちが何を食べられるかわからないので、ラオス人のガイドは彼女たちを市場に連れて行くことになり、ぼくはなんでも食べられるのでトゥクトゥクで待つことになった。

 

しばらくして彼らがご飯を買って来て、トゥクトゥクは再出発した。トゥクトゥクの中でイスラエル美女と話したところによると、彼女たちはなんと徴兵を終えたところだという。女性も徴兵なんかあるのかとかなり驚いたが、イスラエルでは女性でも兵役は義務だという。徴兵の訓練を2年終えると休みが与えられるので、イスラエルの若者はその休みでよく旅に出るのだそうだ。今は徴兵は終わったけれど国に呼び出されればいつでも出向かなければならない状態だと不満そうにしていた。

韓国でも徴兵されるのは男性だけだし、女性は兵隊にはならないのかと思っていたがそうでもないらしい。それにしてもこんなに綺麗で可愛らしい感じなのに2年も兵隊をしていたなんて何だか信じられない。しかし彼女たちが兵を卒業したというのだから、きっとものすごく辛く苦しい訓練を耐え抜いて来たに違いない。徴兵って何をするのか全然わからないけれど、匍匐前進をやったり銃を撃つ練習をしたり過酷な状況でも生き残れるように砂漠でサバイバル訓練したり、とにかく大変なことをしているというイメージだ。こんなに見た目は可愛くても、実はものすごくタフな精神力とものすごい体力も備えているのかもしれないと、ぼくは彼女たちに尊敬の眼差しを向けていた。

 

・鬱蒼としたラオスのジャングルの中を練り歩く!

トゥクトゥクは1時間ほどでトレッキングの入り口に着いた。ここから山の奥にあるラオスの少数民族アカ族の村を目指して歩いて行くことになる。入り口を見た感じでは、日本の山道に似ているような感じだ。ラオスは国土の8割が山脈で覆われているらしく、紀伊山脈付近で生まれ育ったぼくは親近感を覚えた。このような山道なら楽しんで登れそうだ。

すごく険しいわけでもなく、だからと言ってすごく楽なわけでもない絶妙な感じのトレッキングの山道を登って行く。さすが東南アジアの南国の山道なので草木が生い茂り、植物たちの伸びやかなエネルギーが感じられる。「山」というよりもむしろ「ジャングル」という感じだ。

ぼくたちは機嫌よくせっせと歩き、12時になったので昼食をとった。

 

・ジャングルの中の野生的な食事の思い出

この昼食が野生的ですごく面白かった!ジャングルの葉っぱをそのままお皿にして、その上に市場でさっき買って来た野菜たちを乗せていく。彼女たちがベジタリアンなので肉はなし!お箸やフォークはなく、なんと手づかみで食べる!

ジャングルの真ん中で手づかみでご飯をむしゃむしゃ食べていると、なんだかお猿さんになったみたいでワクワクした。ぼくたちのご先祖様も、お猿さんだった頃にはこうやって食事していたのかもしれない。手に食べ物がついて汚かったが、すぐそばに川があったので綺麗に洗った。そのまま少し休憩し、また出発した。

 

・15分ごとに立ち止まり泣いてしまうイスラエル美女

 

どんどんと道が道ではなくなり、まるで道なきジャングルを歩いているような状態になって来た。しかしラオス人のガイドさんがいるのでぼくは完全に安心して進んでいた。道は草木に覆われて見えにくくはなっているものの、一応道はあるので安心だ。小さい頃こんな辺鄙な道を、お父さんに連れられて山の中歩いたことが何度もあったので平気だったのだ。

解答 〜紀伊山脈より〜

しかし不穏になったのはイスラエル人の彼女たちだ。ひとりは平気で歩いていたが、もうひとりの気分がどうも怪しい。彼女は目に木の枝が何回も当たってしまったらしく、最初は楽しそうに歩いていたものの次第に不機嫌になり、ついに疲れと不満で立ち止まり泣き出してしまった。

「どうして!どうして私の目にだけ枝が当たるのよー!」と言いながら泣き出してしまったので、他の3人は唖然として彼女を慰めた。彼女たちはこのようなアジア的な植物のエネルギーにあふれたジャングルを訪れたことがなかったので、その鬱蒼とした様子に恐怖も抱いているようだった。歩いていて木の枝を目から避ける術さえ知らぬほどジャングルに不慣れなのだ。

なんとか彼女を慰めて歩き出したが、もう彼女の不満は止まらなかった。今度は靴擦れが痛いと言って泣き出し、この靴は山歩きによくないから私の靴を履きなさいとラオス人のガイドが靴を差し出しても拒否し、自分の靴で歩くのと言って譲らなかった、ガイドはガイドで絶対に私の靴の方がいいよと説得したが無駄だった。しかし彼女が合っていない自分の靴を履き続けたことで、集団の歩くスピードはますます遅くなった。ぼくはゆっくり歩けて楽しかったから問題なかったけれど。

しかしスピードが落ちたことで予定通りの時間にアカ族の村に到着できるかがわからなくなった。泣き虫のイスラエル人の彼女は「疲れた」「疲れた」となんと15分ごとに立ち止まり泣き出すようになり、進むスピードは猛烈に遅くなっていった。

彼女はしきりに「あと何時間?」「あと何時間?」とガイドに聞いていたが、どんなに歩いてもガイドが「あと3時間」と言っているので「さっきも3時間って言ってたじゃない!どうして!全然進んでないじゃない!」とまた泣き始めた。他の3人は「え…それはあんたが度々泣いて立ち止まって全然進めないからだよ…!!!」と心の中で盛大にツッコミを入れていたが、火を見るよりも明らかなその事実を飲み込んで彼女を励まし続けた。トレッキングは15分ごとに「疲れた」「もう動けない」と泣いて立ち止まる彼女を、みんなで15分ごとに慰め続けるというルーティンと化した。

 

ラオス人ガイドの粋だったところは、彼女をなんとか励まそうと、木の枝と大きな葉っぱを広い、それを折ってなんと帽子を作ってしまったのだった!これには泣き虫の彼女もパッと明るくなった。ガイドはぼくたち3人の分の葉っぱの帽子を作ってくれた。葉っぱの帽子をつけながら歩いているとなんだか森の妖精か精霊になったような気分だ。しかしガイドの森の知恵を駆使した葉っぱの帽子の効果も長くは続かず、彼女は帽子の嬉しさも忘れてまた15分ごとに泣き出すのだった。

 

・イスラエルの軍隊訓練の謎は深まる

ぼくは彼女が泣いていることに対しては、なんの不満もなかったが、ただただ不思議だった。彼女が普通の日本人の女の子だったりしたら、ジャングルも怖くて歩くのも疲れて泣いちゃったんだなー仕方ないよなとー思うだろう。しかし彼女はイスラエル軍の兵隊の訓練を卒業したのだと、ついさっき彼女に聞かされたばかりだったからとても不思議だったのだ。

兵隊の訓練なんてきっと辛く苦しいものなのだろう。少なくともこの大して険しくもないジャングルのトレッキングに比べれば、兵隊の訓練の方がはるかに厳しいものであったに違いない。ぼくはそう思い込んでいたのだ。しかし今、2年の兵隊の訓練を立派に卒業したと言っていた彼女が、15分ごとにジャングルの辛さに耐え兼ねて泣いている。

イスラエルの兵隊の訓練というものは、このジャングルのトレッキングと比較してそんなにも辛くないものなのだろうか。イスラエルの兵隊の訓電をやり遂げてきたような女性でも泣いてしまうくらいに、このルアンナムターのトレッキングは辛く苦しいものなのだろうか。いや、ぼくが感じる限りではそんなことは絶対ないはずだ。それならばどうして彼女はこんなに泣いているのだろう。イスラエルの軍隊の訓練って一体…と次第に謎は深まり、ぼくはその訓練というものを見てみたいものだと心底思った。

 

 

・貧しくてエネルギーに溢れていたアカ族の村

やっとの思いでたどり着いたアカ族の村は、貧しさとエネルギーに満ちていた。見るからにものや機械なしに暮らしていることが伝わって来たが、それでも人々は笑顔で幸せそうであり、遊んでいた少年たちもとても元気でなんだか感動した。どんな辺境に中心から離れて暮らしていても、車もなくて不便で貧しくても、元気で幸福に過ごすことができるのだという当たり前のことを、アカ族の人々はぼくに教えてくれた。

ぼくは世界を旅していて思うのは、自分がお金持ちだということだ。自分が、というよりも日本人全てが、世界から見ればお金持ちなのだ。ラオスに来ればなおさら裕福だ。それなのに日本にだけいる日本人たちは、少し前の時代の日本と比較しては、自分たちの時代は景気が悪いとかそれゆえに不幸だとか俯いて暗い顔をしている。しかしそれはとんでもない錯覚であり、ぼくたちはちょっと前の時代に比べてちょっと貧しかろうが、世界の中ではずっとお金持ちなのだ。お金持ちだという思いをしっかりと享受し、それにより自由を獲得し得るという幸福をもっと感じ取るべきではないだろうか。

貧しくてもエネルギーに溢れたアカ族と、かなりのお金持ちなのに暗い顔をする日本人のことを考えると、人間の幸福というものがどこにあるのかを考える際の大きな示唆になることだろう。それは世間や常識で言われているほど、浅薄な次元に位置してはいないのだ。

 

 

・バッテリーギリギリの状態で撮影できたアカ族の民族衣装!

ぼくのカメラはヴァンヴィエンでバイクで転倒した際に壊れてしまいバッテリー交換できなくなったので、中に入っているバッテリーが切れたら使えなくなる。

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ぼくはなんとかこのアカ族の民族衣装だけは撮影したいと小まめに電源を切りバッテリーの充電を温存してきたのだ。その甲斐あって残り充電1で電池マークがチカチカしていたが、なんとかアカ族のおばあちゃんに頼み込んで民族衣装を撮らせてもらった。本当にギリギリセーフだった。

 

・アカ族の村からルアンナムターまでは激しい悪路をバイクで

ぼくの大冒険はここでは終わらなかった。ルアンナムターへの帰り道がなんとも恐ろしい道のりだった。アカ族の村からの帰りは歩きではなくバイクの後ろに乗せてもらって帰るのだが、例によってラオスの道は非常に悪くガタガタで、後ろに乗っているだけだったがまた転倒しないかとヒヤヒヤしていた。ラオスで2回もバイクで転倒なんてしたらシャレにならない!

なんとか無事にルアンナムターの町について、ぼくのラオスの大冒険は幕を閉じた。明日からは中国!今までとは一味も二味も違った旅になるだろう。一体何がぼくを待ち受けているのだろうか。

 

 

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