買い物は3日に1回?!日本中が東京のニュースに興味があるというのは本当か?

 

買い物は3日に1回なの?!

買い物は3日に1回?!日本中が東京のニュースに興味があるというのは本当か?

・買い物は3日に1回にすべき?!
・自分の生活と関わりのない東京という地方の情報がテレビを支配する
・上野動物園とアドベンチャーワールドのパンダ差別
・テレビという権力からの退去と中心という迷惑行為

・買い物は3日に1回にすべき?!

ぼくのお母さんは最近、新型コロナウイルスの影響で毎日行っていた買い物を「3日に1回」にするようにしている。テレビで小池都知事がそう言っていたからそうしているのだそうだ。しかしそれって彼女が東京都民に呼びかけた提案ではないだろうか。東京という人口と物質が過剰に多くだからこそコロナウイルスが一番蔓延している地域において推奨されているのであって、別に東京にも住んでいないし人口も過剰に密集していないうちの近所でそれを実施すべきなのかは疑問である。確かに無駄な買い物に出かけないことに越したことはないが、東京都民への呼びかけが東京都民でもない自分への呼びかけだと錯覚していることは問題であるように思う。

しかし確かにテレビという巨大権力を持った電波が全国ニュースの一番最初に小池知事を出してきて「買い物は3日に1回にしましょう」などと堂々と提案しているのを大々的に放送したら、東京都民ではない自分もそのようにしなければならないのではないかと勘違いしてしまう東京以外の人々が発生してしまうことも無理はないことかもしれない。

ぼくがテレビを嫌うのにはこのような理由もある。東京という今自分の住んでいる場所から遠く離れた自分の人生におよそ関係のない地域の出来事でさえ「これこそが重要なのだ」と一方的に決めつけられ強制され押し付けられ、自分の中の重要性の価値観を混乱させられ、無駄で不要な情報を数多く享受してしまうからだ。東京から遠く離れた場所に住んでいるぼくたちにとって「東京都民は3日に1回の買い物にすべき」という情報は、全くの不要でどうでもいいことだ。だって東京都民でもなければ東京に近くもないのだから。しかしそれが最重要の情報だとテレビ制作側の権力者によってみなされることで、そのような不要で意味のない情報をいくつもいくつも注ぎ込まれて見る者の脳のメモリは無駄に奪われてゆく。

 

 

・自分の生活と関わりのない東京という地方の情報がテレビを支配する

同じように「今日の東京の感染者は〜人でした」という情報も必ずニュースの冒頭に発表され、時には「速報です!」などと言って東京都内の感染者数が重要なことのように報道される。確かに東京という地域に住んでいる人にとってそれが重要な情報であるのは明白だが、東京から遠く離れた場所に住んでいる人々にとっては絶対知らなければならないほど重要な情報では決してないだろう。だって遠く離れた東京というひとつの地方の感染者数なんて自分の生活に関わりがないからだ。それだったら自分の住んでいる都道府県とか、自分の住んでいる場所から最も近い都会の情報の方がはるかに重要なのに、それは後回しである。

やはりここには「民主主義」というか「多数決」の概念が発動しているのだろうか。日本で最も人間と物質が寄り集まっている地域が東京だ。多数決においては人間が最も多いことが偉いのであり、人間が最も密集している場所を中心として物事は営まれていく。首都であり政治の中心であることも関係しているに違いないが、それにしてもテレビ制作者が思っているほど、東京から離れた場所に住んでいる人々は東京というものに興味がないだろう。むしろ「買い物は3日に1回にすべき」というニュースのように、東京という地方限定の情報が日本中で重要な情報であるかのように報道されることで勘違いする人々が発生するので迷惑でもある。人間が過剰に密集している地域と大して密集していない地域の事情はかなり異なることだろう。

 

 

・上野動物園とアドベンチャーワールドのパンダ差別

東京中心主義というので思い出すのはパンダのニュースだ。上野動物園でパンダの赤ちゃんが生まれたときにはNHKでテロップまで流れたのに、和歌山県のアドベンチャーワールドでパンダの赤ちゃんが生まれたときにはほとんどニュースにならなかったという事例だ。アドベンチャーワールドでは日本で最もパンダの繁殖に成功しているが、和歌山にパンダがいること自体知られていないことも多い。

この事例に気づいたのは聡明な歌手の宇多田ヒカルであり、これを”パンダ差別”だとツイートした。”差別”というとなんだかヒステリックな言葉に感じるがそこに”パンダ”という言葉とおどけた顔文字を付け加えることによって、批判性を薄めて可愛らしく演出してごまかしてはいるが、ぼくはこのツイートに東京中心主義への批判、多いものを常に優先させ少なきものをないがしろにする人間社会への批判を確かに感じ取れる気がする。

 

 

・テレビという権力からの退去と中心という迷惑行為

インターネットでニュースを見るなら、自分の住んでいる地域や自分の生活とはおよそ関係ない東京という地域のニュースを無視して自分にとって本当に必要な情報だけを選び取れるが、テレビは相変わらず一方的に「これがあなたにとって重要なニュースだ」と決めつけて中心のニュースばかりを垂れ流す。そしてテレビによって決めつけられた情報の優先順位は、日本で生きているほとんどの人にとって誤りであることが多いだろう。

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もはやテレビから情報を受け取る生活をやめて、能動的に情報を選び取る生活へシフトすべきかもしれない。誰もが権力者に押し付けられた情報ではなく、自分にとって必要な情報を自ら選び取る必要があるのではないか。それこそが無意味なおそれや憂いや不安を植え付けられない賢明な選択だろう。(なお今となってはインターネットなどの能動的な媒体においても、権力者がなんとか受動的なシステムにしておそれを植え付け愚かな民衆をコントロールしようと躍起になっている様子が見て取れるが)

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ここまで書いといてあれだが別に東京は嫌いではないしとてもいいところなので大好きだ。しかし東京から遠く離れた場所に住んでいる今、自分の生活とはおよそ関わりのない東京の必要以上に多くのニュースは全くの不要である。考えてもみてほしいが、東京の人がテレビをつけたらニュースで遠く離れた青森県のニュースや沖縄県のニュースや宮崎県のニュースをいちいち事細かにそれらの事例を中心的に報道されていたら、自分の生活と関係ないのに結構迷惑だと感じないだろうか。そのような迷惑を、東京から離れた多くの日本国民が今もなお被っている。

 

 

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