「えいがのおそ松さん」ネタバレと考察!高橋さんが死んでしまったというのは本当か?

 

高橋さんって死んじゃったのかな?????

「えいがのおそ松さん」ネタバレと考察!高橋さんが死んでしまったというのは本当か?

・「えいがのおそ松さん」のあらすじ
・「えいがのおそ松さん」の見所は高校時代の六つ子のキャラ
・高橋さんが6人を思い出の世界へと導いたのだとぼくが思う理由
・高橋さんが死んでしまったというのは本当か?

・「えいがのおそ松さん」のあらすじ

無料お試し期間中の動画配信サービスU-NEXTで初めて「えいがのおそ松さん」を見てみた!物語はシンプルでわかりやすいかと思ったが意外と奥深いと感じたのでここで考察してみようと思う。「えいがのおそ松さん」のあらすじは以下のようなものだった。

主人公は長男「おそ松」、次男「カラ松」、三男「チョロ松」、四男「一松」、五男「十四松」、末っ子「トド松」の六つ子たちだ。おそ松たちは高校の同窓会へ行き、全員20歳を超えても定職に就かないニートで彼女がいたことのない童貞だとバレてしまい、撃沈して帰宅する。やけ酒で酔っ払い次の日の朝起きてみると、なんとおそ松たちは高校時代へとタイムスリップしていた。

しかしドラえもんのタイムマシンで行けるような完全な過去の世界ではなく、知らない人の顔がへのへのもへじになっていたり街中におかしな現象が起きたりと、ところどころにほころびが生じている。おそ松たちは過去へそのまま戻ったのではなく、6人のうちの誰かが高校時代にどうしてもやり直したい後悔を残していたために、その誰かの「思い出の中の世界」に迷い込んだということだった。だからその人の記憶にはない街の様子や人の顔には、ほころびが生じていたのだ。

結局その「思い出の中の世界」を生み出していた犯人は次男のカラ松だった。カラ松は高校の卒業式の前日に家に届いていた「松野君へ」と書かれた手紙が、6人のうち誰に宛てたものかわからずに相談しようとしたが、高校時代思春期の繊細な感情により仲がよくなかった6人は手紙の話を聞く前に喧嘩になってしまい、そのまま手紙の中身を見ないままで失くしてしまったというのだった。「高橋」という見知らぬ人物から送られてきたその手紙が6人のうち誰に送られたものだったのか、どういう内容だったのか知ることができずに次男のカラ松は後悔していた。

その事実を知った6人は早速高橋という見知らぬ人物について聞き込みを開始するが、高橋が同級生の女子だと判明し、6人のうち誰かに宛てたラブレターだろうと期待を高まらせる。結局高校時代の6人と計12人で協力し、崩壊していく思い出の中の世界をくぐり抜け、高橋さんの家までなんとかしてたどり着く。手紙の差出人は普通の地味な女の子だった。同じクラスだったのに6人の誰も記憶になかったのだから地味だったのは想定内だろう。

高校時代の6人は手紙を失くしたことを謝罪し、高橋さんにどんな内容の手紙だったのか思い切って聞いてみたが「たいしたこと書いてないから」などとマイペースにはぐらかされ、結局一緒に写真を撮ってとお願いされ、シャッターを切ったところで6人は思い出の世界から抜け出せ、現実の世界へと引き戻される。

最後の場面では高橋さんの手紙の内容が明かされるが、それは6人のうちの誰かに宛てたラブレターではなく、6人とは話したこともないけれどそばで見ていると愉快で面白くて楽しかったので、私は6人が大好きだったという内容だった。高橋さんは高校を卒業したら遠いところへ行かなければならないことが決まっておりもう6人と会うことができないので、卒業式の前日に最後に6人が好きだったことを伝えたかったのだった。

 

・「えいがのおそ松さん」の見所は高校時代の六つ子のキャラ

物語の主軸としては以上のような内容だったがなんと言っても「えいがのおそ松さん」の見所は、高校時代の6人が今とは全然違って面白いという点にあった。

長男のおそ松だけはそのままの性格だったが、痛いナルシストの次男カラ松は控えめな性格の高校生、意識高い系の三男チョロ松は痛々しい真面目を気取っている高校生、暗い四男一松はみんなに頑張って合わせている明るい高校生、アホキャラな五男十四松はイキっているヤンキーキャラの高校生、ドライな性格の末っ子トド松は幼児みたいな甘えん坊キャラの高校生として登場していたのが爆笑だった。

 

・高橋さんが6人を思い出の世界へと導いたのだとぼくが思う理由

物語の内容としては6人が高校時代の思い出の世界に迷い込み、問題を解決して現実世界へ戻ってくるというような単純な話の流れのように見えたが、この映画にしか出てこない地味な女の子の高橋さんに焦点を当てると、結構複雑な物語として構成されているような気がした。

映画の最初と最後の場面に、高橋さんが海の見える真っ白な部屋の中で、入院中であるかのような衣服を身にまといベッドに横になっているシーンが流れてきた。高橋さんは高校を卒業すると遠くへ行かなければならないと手紙に書いていた。最初は高校卒業と同時に遠くへ引越しするのかなと思ったけれど、最初と最後の白い病室のシーンを見ると、遠くへ行くというのは死んでしまうという意味なのかと疑いたくなってしまう。高校の同窓会にも、高橋さんは参加していなかった。

映画にはずっと一貫して1匹の黒猫が出てきて6人を導いたというのも気がかりだ。あれは最後のシーンでわかるが高橋さんの化身のような雰囲気がある。もしかして高校卒業後すぐに死んでしまった高橋さんが黒猫となって6人を思い出の世界へと導いたのではないだろうか。次男のカラ松の後悔が6人を高校時代の思い出の世界に迷い込ませたとデカパン博士は説明していたが、それはただのデカパン博士の意見であり本当かどうかはわからない。

ぼくは高橋さんが黒猫となって’(カラ松の後悔を媒介としつつも)6人を思い出の世界へ導いたのだろうと感じる。その根拠はきちんとある。高橋さんは6人の誰の記憶にもないから顔がへのへのもへじになっているはずなのに、思い出の世界の中で高橋さんにはちゃんとした顔がついていたからだ。誰の記憶にもないのに高橋さんに顔がついているという矛盾は、まさに高橋さんが黒猫となって6人を思い出の世界へと導いたことを意味しているのではないだろうか。高橋さん都合で導いた思い出の世界だから、高橋さんに都合のいいように高橋さんだけへのへのもへじになっていないのは当然ではないだろうか。

ではなぜ死んでしまったかもしれない高橋さんはわざわざ黒猫になってまで6人を思い出の世界へ引き込みたかったのだろうか。それは手紙の中にある「6人の思い出の中に私も入れてほしい」という願いが叶っていないことを死んでしまってから知ったのではないだろうか。生きているうちの最後のせめてものささやかな願いが、手紙を紛失されたことにより叶えられていなかったという無念の思いが、彼女を黒猫に化身させ、6人を思い出の世界へと導き、「6人の思い出の中に私も入っている」という状態(=6人と一緒に写真を撮る)という思いが成し遂げられたときに、思いは遂げられ魂は成仏できたから、6人はその時点で現実世界へと戻ることができたのではないだろうか。

 

・高橋さんが死んでしまったというのは本当か?

 

高橋さんが死んでしまったという明らかな描写はないので、本当に彼女が病気で死んでしまったかどうかはわからない。高橋さんは本当に高校卒業後ただ遠くに引越しただけで、そこで何らかの病気にかかり海の見える病室に入院していたのかもしれない。最後の真っ白の病室のシーンでも、彼女は最後涙を流して終わるのであの時点では明らかに死んではないだろう。死んでから涙を流せる人はいないからだ。しかし涙を流してからその後すぐに死んでしまったとも考えられる。あれは死ぬ直前の寝たきりの状態だったのかもしれない。

もしそうなら死ぬ直前に「6人の思い出の中に私も入れてほしい」という自分の手紙も願いも届いていなかったことを生きながらにして直感で感じ取り、肉体は寝たきりのままで魂だけが抜け出し、黒猫に取り憑き6人を思い出の世界へと導いて「6人の思い出の中に私も入れてほしい」という思いを成し遂げた後、黒猫から魂は解放され生まれ育った今の街をさまよい、最後にはまた6人に出会え魂が浄化されたというシナリオも考えられる。

 

いずれの考察にしても高橋さんが死んでしまったという結論に達してしまうが、最初と最後に病室が出てくるあたり、高橋さんに病や死の気配がまとわりついてしまうのは仕方のないことだしそのような演出にもなっているのだろう。高橋さんに病や死の気配があった方が、あの映画の物語においても急激に深みを増す効果がある。断定はできないし断定できないような作りになっていることで何度も見返したくなる味わい深い作品になっているのは、演出上の妙と言えるのかもしれない。

 

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ

 

関連記事