YouTubeに動画を違法アップロードする人は悪人だというのは本当か?

 

動画を違法アップロードしている人は、民衆に楽しみと幸福をもたらしてはいないか。

YouTubeに動画を違法アップロードする人は悪人だというのは本当か?

・時代が進むにつれ、インターネットは自由に進化するどころか窮屈になっている
・自由でおおらかで何もかも無料だった初期のYouTube時代
・昔はニコニコ動画でドラえもんの映画を丸々1本見ることが可能だった
・動画を違法アップロードする人は悪人だというのは本当か?
・法律を破る人は悪人だというのは本当か?

・時代が進むにつれ、インターネットは自由に進化するどころか窮屈になっている

インターネットが民衆の間に広まってから、もう随分時が経っているように感じられる。時代が進めば世界はもっと自由になり、もっと楽しいことであふれ、お金を使わなくても大らかに何でできるようになる方向へ進化するのかと思っていたが、ぼくが時代を見ていると、それとは全く真逆のことが起こっているような気がしてならない。人間の世界は進化せず、より窮屈になり、してはならないこととすべきことが増え、生きづらくなっているだけではないだろうか。

 

 

・自由でおおらかで何もかも無料だった初期のYouTube時代

生まれて初めてYouTubeというものを知った時は衝撃だった。動画がなんでも無料で見られるなんて夢みたいだった。YouTubeを知った最初の頃はまだ英語しかなくて、英語で検索すると日本の動画もたくさん出てきて様々な種類の映像が無料で楽しめた。YouTubeは昔は広告なんかなく、邪魔されることも煩わされることもなくかなり快適に動画を閲覧できた。

それが時代が経つごとに広告がつき始め、ぼくたちは無駄な時間と労力とデータ通信量を全く不要な広告に奪い取られることとなった。広告なんか見なくても全ての動画を快適に楽しめるYouTubeはもはや過去の思い出となった。今のYouTubeは無料で見られる代わりに多くの時間と労力とデータ通信量を奪われる、煩わしい広告動画が発生し続ける不便なコンテンツになってしまった。時代が進化してより快適になるわけではなく、人間たちがどのように金を搾取しようかと考えた結果、不便で煩わしい時代が到来してしまったことは皮肉に満ちている。

またYouTubeに上げられている動画も昔に比べて格段に幅が小さくなった。昔はもっと様々な動画をみんなが思い通りにアップロードでき、人々はそれを自由に楽しんでいた。おそらく法律の関係でアップロードできる内容がかなり制限されたのだろう。例えばクレヨンしんちゃんやドラえもんやちびまる子ちゃんなどの動画が昔はたくさんあったのに今はほとんど消滅されている。時代が進むにつれもっと自由で楽しい日々が訪れるのかと期待したが、実際には法律により人々の自由を抑圧された窮屈な時代が到来しただけだった。

 

・昔はニコニコ動画でドラえもんの映画を丸々1本見ることが可能だった

ものすごく昔、ぼくはニコニコ動画でドラえもんの映画を見るのが好きだった。ニコニコ動画にはドラえもんの映画がいくつも丸々アップロードされており、ニコニコ動画というのはみんなのコメントが流れるので、それを見ているとひとりでパソコンに向かって見ているだけなのに誰か知らない人々とドラえもんの映画を一緒に楽しんでいる感じがあってその共有感がとても好きだった。しかしもちろん今の時代に、ドラえもんの映画がニコニコ動画に丸々アップロードされているということなどまずない。当時のぼくは気づかなかったが、あの共有感はあの時代にしか楽しめない尊い体験だったのだ。

それからの時代は、ただ人々の欲望と自由を抑圧するために動き、抑圧の後でいかにして彼らから金を搾取するかということだけに視点が置かれていた。自由で無料でおおらかに何もかも楽しめる時代は終わりを告げ、権力者たちはインターネット上にまで金を搾取する仕組みを設計し、民衆たちは彼らのせいで昔に比べてかなり不自由になったインターネットにそれとは気がつかずに夢中になって金を奪われている。本来は無料だったものたちが、奪いの種にされているのだった。

 

 

・動画を違法アップロードする人は悪人だというのは本当か?

しかし考えてみれば違法アップロードが禁止されているのは、まぁそりゃあそうかと思えてくる。全ての映画や番組やアニメが自由に違法アップロードされてしまえば、せっかくそれらを作っている人々がお金を儲けることができなくなるからだ。本当はその映画のDVDを買おうと思っていた人が、YouTubeでその映画を丸々全部見られると気づいたならば、そのDVDを買う計画を中止してしまう可能性は高いだろう。消費が進まず映画やアニメを作る人がいなくなってしまい、文化が衰退してしまうかもしれない。

けれど本当にそういう悪い点だばかりなのかと疑問に思わないこともない。例えば今大ヒット中の鬼滅の刃はアニメからの続きものだ。だとすれば無料でYouTubeでアニメの全話公開されていた方が、もっと映画がヒットするのではないだろうか。アニメの全話を見れば続きはどうなるのだろうと気になり、鬼滅の刃の映画を見に行きたくなる可能性は格段に高まり、消費は促進されるのではないだろうか。

またDVD作品が売られていて大ヒットしているのならばわかるが、昔のクレヨンしんちゃんやサザエさんなどYouTubeから消すように努力して何か意味があるのだろうか。クレヨンしんちゃんならば昔の話がDVDとして安売りされているからまだちょっとはわかるが、サザエさんなど映像が売られているわけでもないのにどうして必死に消去するのだろう。動画配信サービスが低迷するからだろうか。しかしそんなことするよりも大らかに寛容に、YouTubeに昔の動画を残してやっていた方が、やっぱりクレヨンしんちゃんやサザエさんって面白いなーと民衆は感心し、今まで見るのを忘れていたけれどまたテレビのクレヨンしんちゃんやサザエさんを見たくなって視聴率がアップし、その結果消費も増大したりしないだろうか。その方がYouTube動画をケチケチと消去しているよりもクレヨンしんちゃんやサザエさんに対する民衆の間のイメージが格段によくなるという効果もあるだろう。何でもケチケチしている様子を見ると欲張りな奴らだと人は白けてしまうものだ。

またちょっと前まではアーティストのMVも公式でケチケチと半分の時間しかアップロードされていなかったりして意味不明だった。アーティストのMVなんて見られてなんぼなのにそこでケチケチと出し惜しみしてどうするのだろうか。魅力的なMVを全部YouTubeにアップロードした方がそのアーティストの魅力が存分に伝わり、ライブに行ったり作品を買ったりする消費の促進につながるのではないだろうか。最近ではそれに気づきほとんどのアーティストがフルでMVを公開するようになったが、気づかずにケチケチと出し惜しみするくだらない期間が長すぎたのではないだろうか。またこのアーティストのMVの例と同じようにアニメでも、やはりケチケチせずに昔の作品を大量にアップロードして民衆の心にその作品を根ざさせた方が、むしろ消費は促進されるのではないだろうか。

 

 

・法律を破る人は悪人だというのは本当か?

経済的な視点を脱ぎ捨てて幸福という観点で考えれば、違法アップロードを必死に削除している権力者よりも、違法アップロードをしている人の方が人々を幸せにしているというのは明白だ。例えば昔のクレヨンしんちゃんをYouTubeに違法アップロードしている人は、昔のクレヨンしんちゃんを無料で楽しむという機会を人々に与え、人々を楽しませている。それにひきかえ法律を盾にしてそれを削除しようと躍起になっている人は、人々からその楽しい時間を奪い取っている。法律とか経済とかを気にしないでどちらが人々に幸福をもたらしているかといえば、明らかに前者ではないだろうか。

それとも権力者の方がそのように違法アップロードを消去することでクレヨンしんちゃんから生じるお金の量を高め、新しいクレヨンしんちゃんを作り続ける活力を与えているから結果的には権力者の方が人々に幸せを与えているとも言えるのだろうか。しかし本当に、古いクレヨンしんちゃんをYouTubeに違法アップロードされることで新しいクレヨンしんちゃんが作れなくないるほどまでに損失を被っているなんてことがあるのだろうか。それよりもむしろ昔の作品だろうがなんだろうが無料で公開されるなんて許せない、搾り取るところから搾り取って金を儲けたいという果てしないケチケチした欲望が、YouTube内の昔の作品の消去につながっているだけだろうか。そんなケチケチした搾取の姿勢を見せるよりも、もっとおおらかに自由に昔の作品を見ることを民衆に許した方が寛大で素晴らしい会社だといいイメージにつながるだけではなく、さらにその作品の再評価にもつながり新しい作品を見る人々も増え一石二鳥ではないだろうか。

違法アップロードをしている人は確かに「犯罪者」だ。それはその名の通り違法アップロードは法律というルールに背く行為だからである。しかしそれでは違法アップロードをしている人が「悪人」かと問われれば、ぼくはそうでもないような気がする。それは違法アップロードをしている人が、無料で作品を楽しむという機会を民衆に与え、民衆を幸福にしているからだ。むしろその幸福を奪おうとする権力者たちは、法律にのっとった「犯罪者ではない人」だが、民衆の幸福を奪っているという観点からいえば「悪人」と呼べないこともないのかもしれない。

法律なんて結局、権力者が国の治安を維持するために定めただけの一時的な立て札だ。時代が変われば法律も当然変わる。つまり法律とは、時代を超越するほどの真理の力を持ち合わせているわけではないということだ。所詮移り変わる世の中の「正しさ」に身を寄せた、容易く移り変わる儚いルールであり、その法律をどれほど真剣に重要視するかは、民衆が各自で判断しなけなければならないだろう。

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たとえば吉田松陰は当時のルールを破って何度も逮捕された犯罪者だ。しかし今では地元に「松陰神社」などができ、神として崇め奉られている。神になっているということは、彼は日本人から少なくとも悪人だと見なされていないということだ。彼はルールを破る「犯罪者」ではあったが、「悪人」ではなく、神になるほどまでに認められた「犯罪者」なのだ。もちろん当時は「悪人」だと誰もが噂しただろうが、善悪の観念やルールや法律なんて時代によって容易く移り変わり、遠い未来になってみないと正常な判断がつかない場合も多い。法律などという儚く移ろう正しさに心を任せて、真実の善悪を判断してしまうのはあまりにも浅はかで愚鈍な心の姿勢である。どの法律が守る価値のある絶対的な真理で、どの法律が時代を超越することのできない今限りの価値の低いルールか、法律だから全て同じだと思考停止しないできちんと見抜く能力を育てることが重要だ。

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