楽な仕事ほど給料が高いって本当だった!!!!!
楽な仕事ほど給料が高いというのは本当か?具体的なフリーランス医師の実例を紹介
・「年収の高い人たちは実は仕事が楽だ」というのは本当か?
・普通に考えれば大変な仕事の方が給料が高いに決まっている
・ぼくが病院で働いていた頃の給料は月収60万円
・世界一周そして日本一周の旅路
・新型コロナウイルスがぼくをコロナワクチンバイトという天職へと導いてくれた
・衝撃!一睡もできずに一晩中働いた当直代は16000円だった
・当直代16000円はコロナワクチンバイトの1時間で稼げる
・ぼくは人生経験から「年収の高い人は実は仕事が楽」は本当だと悟った
・ぼくの救急当直への違和感の正体
目次
・「年収の高い人たちは実は仕事が楽だ」というのは本当か?
先日お金のことを何でも教えてくれるライオンさんのYouTube動画を見ていたところ「年収の高い人たちは実は仕事が楽だ」と言い放っていた。病院で労働していた以前までのぼくなら「本当?そんなおかしなことってあるのなぁ」と訝しく思っていたところだろうが、フリーランス医師になった今となっては「そうそうそう!本当にそうだ!!!」と全力で首を縦に振りながら肯定してしまった。これはぼくがまだ短い人生の中で実際に体験したあまりにも奇妙な事実なので心から納得させられてしまったのだった。
・普通に考えれば大変な仕事の方が給料が高いに決まっている
普通に考えたら、楽な仕事の方が給料が高いなんて絶対におかしい。通常の思考回路を持っているならば、誰もが大変な仕事の方が給料が高いし大きく報われると信じて疑わないだろう。そうでなければ何のために人は頑張るのかわからなくなってしまう。
たとえば医師という職業は給料が高いことで有名だが、医師の給料が高いのは医師という職業が昼も夜も問わず土日も休むことなく人の生死に関わる責任感のある重大な仕事を任され大変な思いをしているからだというイメージがある。そしてそれは全くその通りの事実だ。それはぼくが実際に医師として病院の過酷な労働環境に身を置いた経験があるからこそ身をもってよくわかっている。
ぼくも病院で労働していた頃は土日もなく患者さんのために働いていたし、夜も眠れずに地域の人々の健康や命を守っていたし、こんなに自分の人生の時間や快適な睡眠時間を削りながら必死に労働しているのだから高い給料をもらっても当然だと思っていた。そして実際に病院で働いている医師というのは高い給料をもらうに値する過酷な労働内容を強いられているだろう。嫉妬から軽はずみな気持ちで「医師の給料が高い!」と不満を言うべきでは決してない。
・ぼくが病院で働いていた頃の給料は月収60万円
ぼくが病院で働いていた時はまだ新米だったので月給手取り60万円ほどだったが、労働内容からしたらかなり少ない方だったのではなかっただろうか。実際に上の先生はその何倍ももらっていただろう。しかしぼくはこの給料で何の不満もなかった。人間が1人生活していくのに1ヶ月に60万円もあれば余ってしまうほどに十分だというのがぼくの考えだった。欲張りすぎても碌なことにはならないし、人間欲を出せばきりがなくなってしまうだろう。それならば足ることを知り、今の現状で心を満たすことの方が賢く生きていく上で重要ではないだろうか。
毎月60万円もらっていたがぼくの生活費は月に10万円ほどだったので、残りの50万円ほどはそのまま貯金に回していた。ぼくには世界一周の旅をしたいという情熱があったからだ。そしてそのまま貯金を持続させ、合計で600万円以上になったところで医師としての労働を中断し、実際に世界一周へと旅立ってしまった。
・世界一周そして日本一周の旅路
世界一周の旅ではインドネシア、台湾、ロシア、フィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニア、チェコ、ポーランド、ハンガリー、オーストリア、スイス、フランス、ベルギー、オランダ、イタリア、スペイン、タイ、カンボジア、ベトナム、ラオス、中国などを2年間かけて回った。その時点でまだまだ旅を続ける余裕はあったものの、思いもよらない事態が世界中を混乱させた。新型コロナウイルスの出現である。もはや旅人が気軽に世界一周できる状況ではなくなり、ぼくはたまたま日本に帰ってきていたところで外国へと出ることができなくなった。コロナは世界を巡っている日本人の旅人達を、残酷なことに日本に閉じ込めてしまったのだった。
しかしだからといってぼくの旅する炎が燃え尽きることはなかった。コロナ如きで旅する思いが途絶えるのなら、それは偽物だったのだろう。世界へと広がることができないのなら、今度は逆に祖国を深める旅に出ようと思い立ち、4ヶ月かけて車中泊しながら日本を一周した。岡山県、広島県、山口県、福岡県、大分県、宮崎県、熊本県、長崎県、島根県、鳥取県、兵庫県、京都府、福井県、石川県、富山県、新潟県、山形県、秋田県、青森県、北海道と旅を継ぎ、最終目的地であり最北端の離島・礼文島に辿り着いた後は、岩手県、宮城県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、長野県、岐阜県、山梨県、静岡県を巡った。
・新型コロナウイルスがぼくをコロナワクチンバイトという天職へと導いてくれた
日本一周の旅を終え、まだ外国には出られいし日本も回りきってしまったしで、旅する情熱を持て余していた頃、またしても思いもよらない展開がぼくを待ち受けていた。新型コロナワクチンの接種開始がそれだ。世界中を混乱の渦に巻き込んでいるコロナの感染を防いだり、たとえ感染しても症状の出現を弱めたりするための人類の切り札がコロナワクチンだった。そして日本の全国民にコロナワクチンを接種するためには、沢山の医師の協力が必要だという。ぼくはせっかく医師免許を持っていることだし、コロナワクチンバイトに応募してみることにした。
コロナワクチンバイトは時給15000円〜30000円、最低でも日給10万円以上もらえるので、効率的にお金を稼ぐ出すことができた。どうせ旅ができないのなら自分の実力や専門的知識を駆使して大いに人々の役に立ち、その対価として高額のお給料をもらうことで次の旅の資金に充てられるのだからコロナワクチンバイトは医師であり旅人であるぼくにとってまさにぴったりの職業だった。さらにコロナワクチンバイトは自分の好きな時に好きな場所で、日本中で旅するように働くことができるのでぼくの中の旅人の魂と見事に共鳴し、ぼくはコロナワクチンバイトが楽しくて楽しくて仕方なくなってしまった。自分が医師の労働を楽しいと思うなんて信じられず、コロナワクチンバイトはまさにぼくの天職だと感じられた。
楽しくて楽しくて仕方がない、やりたくてやりたくて仕方がないコロナワクチンバイトをその情熱のままにやり続けてしまった結果、ぼくはほぼ無休でコロナワクチンバイトに従事することとなり、やがては月給300万円を軽く超えるようになっていった。病院で医師として働いていた時の給料が手取り60万円ほどだったのでその差は歴然だ。
・衝撃!一睡もできずに一晩中働いた当直代は16000円だった
ぼくはこの前病院で労働していた時代の給与明細がたまたま出てきたので懐かしく眺めていたが、そこで衝撃的だったのは救急当直が1回当たり16000円と書かれていたことだった!救急当直と言えば一睡も出来ずに地域の人々の健康や命のために一晩中救急外来で働くという、医師にとっては不健康で地獄のような時間である。誰だって夜はゆっくりぐっすり眠りたいに決まっているが、医師は自分の睡眠や健康を犠牲にしてまで人々のために尽くし必死に働いているのだ。
それだけならまだいいが、信じられないことには当直明けの翌日も仮眠することすら許されず、そのまま日中に病院で労働するシステムになっていたのだから当時ぼくは開いた口が塞がらなかった。こんな人間らしからぬ過剰な労働スタイルがあるだろうか!ぼくにはこのような勤務体制を維持し頑張って働いている医師という職業を尊敬するというよりはむしろ、こんな酷い労働環境を受け入れ若い医師たちに今まで引き継いでくるなんて上級医の愚かな怠慢だとすら感じられた。
そして夜も全く眠れず、人の生死に関わる圧倒的に責任が重くのしかかる大変な労働をした結果として与えられるのが、一晩16000円の給料なのだった。
・当直代16000円はコロナワクチンバイトの1時間で稼げる
16000円と言えばコロナワクチンバイトの”時給”である。医師のコロナワクチンバイトの内容は問診と救護対応の2つが主だが、いずれも重要な業務ではあるものの夜間の救急当直とは比べ物にならないほど肉体的・精神的な負担は軽い。日中コロナワクチンバイトで椅子に座ってのんびりと問診すれば1時間でもらえる額を、病院にいた頃のぼくは全く眠らずに一晩中(17時〜朝7時まで)必死に労働することで稼ぎ出していたのだ!労働についてお金の側面ばかりから語ることは野暮なものだが、それにしてもこの差はあまりにも大きすぎるのではないだろうか。
言い換えればぼくには1時間で16000円稼げるだけの能力も専門知識も資格もあるのに(その事実はコロナワクチンバイトが証明してくれている)、その1時間を非常に安く病院に買い叩かれていたということになる。フリーランスという働き方を知らなかった当時のぼくは医師という職業はそのようにしか労働できないと思っていたし、それが当たり前だと信じて疑わなかった。しかしいざ世界一周の旅に出て結果的にたまたまフリーランス医師になると、自分の人生の1時間には15000円〜30000円の価値があると気づかされたのだった。そんなぼくを一晩中眠らずに働かせておいて16000円しかくれないなんて、病院という組織は一体何者だったのだろうか。
・ぼくは人生経験から「年収の高い人は実は仕事が楽」は本当だと悟った
「年収の高い人は実は仕事が楽だ」という事実は、このように医師としてのぼく自身の実際の経験を元に導き出された結論なのだった。朝早くから夜遅くまで働いて残業代もなし、そして一晩中眠れずに必死に働く救急当直が月に6回はあって、月収60万円ほどだった病院時代に比べて、今のフリーランス医師としての労働スタイルを確立させると9時17時に定時で帰れるし、残業代もきちんと出るし、夜はぐっすり眠れて健康的だし、それでいて最低でも月収300万円は稼ぎ出すことができる。
矛盾しているようだがこれが人間社会の真実だった。同じ「医師免許」という国家資格を持っていた場合でも、ものすごく大変な思いをしながら人間らしからぬ過酷な労働環境の中で働くよりも、楽しく気楽に健康的に働いたときの方が給料が5倍以上も高いなんてかなり不思議な出来事だが実際にぼくが経験したこれは紛れもない事実だった。しんどい思いをした方が給料が格段に安く、楽な仕事をした方が給料が何倍も高い、そんな不思議な仕組みが世の中にはあると知っておくことは、自分の生きるスタイルを確立させていくにおいて非常に重要な要素となってくるのではないだろうか。
もちろんこれはぼくという一個人が人生のうちで経験したほんの一例に過ぎないので、他の人々の経験談も聞いてみる必要があるだろう。
・ぼくの救急当直への違和感の正体
ぼくは病院の救急当直というシステムに大きな違和感と疑問を持っていた。他の医師は何の疑いもなくこの業務をこなしていたのに、ぼくだけは何だかおかしなことをさせられていると直感的に感じられて仕方なかった。
最初それはぼくが「自分の健康を最優先に考えて生きたい」という信念から来ているのかもしれないと思われた。夜にぐっすり眠るという人間として当たり前のように与えられるべき時間を犠牲にしてまで他人の役に立たなければならないということが理解できなかった。そのような生活を続けていけば自分の肉体も精神も不健康になるに決まっている。自分の健康すら保てないのに、医師として他人の健康が守れるだろうか。ぼくは自分の健康を犠牲にせずに、自分の健康をまずは最優先に考えながら、それを土台として他人の健康を守りたいと考えていた。その考えと救急当直という業務内容が相容れないものだからこそ、ぼくは救急当直に直感的な違和感を感じていたのではないだろうか。
しかしフリーランス医師になってもうひとつ気づいたことは、救急当直はあまりに自分の貴重な人生の時間を安売りし過ぎていたということだった。病院で働いていたあの頃のぼくは、自分の人生の1時間に15000円〜30000円の価値があるなんて全く知らなかったけれど、それでも心の奥底の直感的な部分で病院という組織の卑怯な側面を見抜いていたのかもしれない。人生は一瞬で過ぎ去り、有限なものだ。そんな貴重で尊く宝物のようなぼくの生命の時間を、生きるために労働に捧げるのは現代社会を生き延びる上である程度仕方ないとしても、不当な価値で搾取されるのは絶対に許せない。そんな怪しい世界から逃れようとする直感がぼくの中で野性的に働き、世界一周への衝動の一部となったことは否定できないのかもしれない。