不眠36時間労働!研修医が激務だというのは本当か?

 

36時間働いていました。

 

研修医が激務だというのは本当か?

・研修医制度の仕組み
・大学病院と市中病院の違い
・変わり難い社会

・研修医制度の仕組み

医師になるためにはどのような道が必要だろうか。

日本では医学部医学科を6年間で卒業し、医師国家試験を受けて、医師免許を取得すると、医師免許を持った医師として働き始める。この医師として働き始めの2年間の期間は“初期研修医”と呼ばれ、それはただ単に“研修医”とも呼ばれる。

この初期研修医の2年間で、内科や外科、精神科などのさまざまな科を自分で選択し、または決められたものをある一定期間ずつ回っていき、自分が将来どのような科に行きたいかを考えることができる。この2年間が終了し、自分の進みたい科が決まると、次には“後期研修”という期間が待っている。

初期研修ではさまざまな科を短期間でローテートして回っていくのに対して、この後期研修では自分で選択した専攻科のみに集中的にとどまり、知識や技術を深めていく。この“後期研修医”は、その名の通り研修医ではあるものの、医師の中で「研修医」と呼ばれているものは、主に初期研修医のことを指すことが多い。

ちなみに上記のように、初期研修医であろうと後期研修医であろうと、医師国家試験をきちんと持った医師であることに違いはない。大学病院などでは5〜6年生の医学生が病棟実習を行なっているが、彼らは医学生であり医師免許取得前である。彼らは医師免許を持っていないので、当然病棟でできることはごく限られている。

 

 

・大学病院と市中病院の違い

この研修医の期間は一般的に激務であるといわれるが、実際のところはどうなのだろうか。ぼくが研修医を実際に経験したところによると、最初の2年間の初期研修の時代は、忙しさは回っている科によってまったく違っていた。

ぼくが初期研修を行ったのは沖縄の大学病院だったので、大学にいる間はその他の市中病院よりも時間に余裕があったかもしれない。一般的に大学病院での研修は、市中病院の研修に比べて激務ではない傾向にある。市中病院では当然のように行われる週に1〜2回は課せられる夜中じゅう行われる救急の夜間当直も、大学病院では月に2回ほど、しかも夜中11時で終わることができるという軽めのシステムだった。しかしその分、大学病院は給与が市中病院に比べて安い傾向にある。

沖縄の中では初期研修の給与はだいたい統一されており月30万円前後ほどであるのに対し、大学病院では25万円前後ほどと相対的にやや低めであった。やはり当直料が付加されるゆえに市中病院での給与はやや高く、これは昼間も働きそのままその続きとして夜眠らずに当直を行なったゆえにもらえる分のお金である。

大学病院では当直が少ないという性質上、救急の能力がつきにくい、しかし、大学病院では自分で選択し、沖縄県内のあらゆる市中病院へも自由に研修に行くことができた。そして市中病院に3ヶ月以上属すれば、大学の給料ではなく市中病院の給与をもらうことができた。ぼくも救急の能力を高めるために多くの期間を市中病院にあてがった。

大学病院では採血などの作業を初期研修医がやらなければならないのでかなり朝早くに病院へ行かなければならないこともあった。朝6時半の出勤も普通だった。それに対して、市中病院では採血はありがたいことに看護師さんがやってくれるので、ものすごく朝早く行かなければならないということはない。しかしその代わりまったく眠れない夜間の当直があるので、体力的な厳しさの度合いは市中病院の方が大きいだろう。勤務時間の長さやそれにともなう辛さでは、市中病院が圧倒的に大きいだろうと思われた。

なぜ大学病院と市中病院でこんなにも働く時間の長さが異なるのだろうか。ぼくが思ったのは、大学病院は国により運営されている施設(国立)なので、きちんと労働時間を法律に照らし合わせて初期研修を運営させたのならば、大学病院のような時間帯になるのではないだろうか。逆に市中病院の労働時間はきちんと法律内の時間に収まっているのか大きく疑問に思う長さだった。

 

 

・変わり難い社会

この夜間当直というものが、とても体力的に厳しいものがあった。そして精神的にも変調をきたす人もいるだろう。この夜間当直、普通に日勤をこなして、そこから夜間当直に突入し、まったく眠れないまま夜中も働き続け、そして次の日にそのまま通常の日勤を休むことなくこなさなればならないというのが普通だった。眠らずに36時間働くこともあり、人間らしい生活を送る権利を無視された激務であると言えるだろう。その当番が週に1〜2回は回ってくるのだ。しかし病院によっては、夜間当直を終えた後は半日の日勤で終えてもいいという病院もあった。けれどぼくが思うにそんなことはごく当然なことではないだろうか。

通常の日勤の続きで、そのまま夜間当直を寝ずに行なったにも関わらず、さらに次の日に通常の日勤をこなさなければならないなんて、どう考えても時間的に働きすぎであることは火を見るよりも明らかである。そしてそれは昔からの習わしであるかもしれないものの、明らかに今の時代の労働システムにそぐっていない。しかしこのようなことが平然と行われている病院は普通にあったのだ。これは法律的にも、人間的にもとても異常な労働時間であると思うし、1日のうちに眠る時間を確保するという、人間として当然の権利がないがしろにされているような気配さえあった。研修医の10人に1人が抑うつ傾向になるというのも納得である。そのような事実がわかっていて、改善されないのはどうしてだろう。

このような仕組みは古くからの名残なのだろうか。初期研修などの若い人々の感覚からしたらどう考えて労働時間的におかしいような仕組みがまかり通っているように思った。しかしそのように感じていても、そのような意見を述べられる者は極めて少ない。医者という種類の人間は非常に保守的な性格の場合が多く、上になにか意見を述べるよりは、東アジアの儒教的な仕組みに従って、おとなしく上の人々の言う通りにしようとする者が多かった。病院に限らず、日本という国の社会自体がこのような気配なのだろうか。変わろうとしない上の人間と変えようとしない下の人間。この非人間的な労働時間の仕組みは今後も変化しにくいものとなるのも必然だろう。

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そうは言っても世の中の風潮は常に変わっており、このような労働時間はゆるされるものではないし、研修医の健康的にも極めて悪いだろう。上の人々も、そのような流れや法律に照らし合わせて、労働時間を変化させていくべきのように思うが、そのような気配は感じられない。

この儒教社会の中では、上の世代において「自分が若い頃は過酷な労働を強いられてきたのだから、今の若者にはそんなつらい思いを味わわせないように、労働時間を削減しなければ」という思いよりはむしろ「自分たちが若い頃には過酷な労働を強いられてきたのに、今の若者がそれを経験しないなんてずるい。できることなら同様の苦しみを味わわあせてやりたい」という妬みの空気の方が充満しているように感じた。そのようにして社会の仕組みは変わらず、悪しき心と風習だけが取り残されているように思う。

離島の大きな病院では、上記のように日勤→夜勤→日勤の流れで働いていた女性の初期研修医が、2日目の日勤の時に仮眠を取っていることがあった。そのように長期労働を強いられているのだから、2日目の日勤の合間に休息しても、人間として当然だとぼくは強く感じていたが、上の医師たちは「あいつはサボっている」「あいつは医師としてだめだ」と彼女に関して陰口を言っているのを聞いて驚愕した。そんな人間として当然の行為さえ、悪口の対象として噂されるのは現代のこの社会にふさわしいであろうか。そしてすべての人の健康を守るべきである医師の品位とは。

東アジアの儒教社会であるという性質上、また医師が保守的な人間の集まりであるという特性上、下の人々は上の人々に自らの意見を言及することもなく、悪しき風習はただ変わり難く受け継がれるだろう。自分たちが若い頃やってきたのだからお前たちもその仕打ちを受けろという思いよりも、自分たちが若い頃感じた苦しみを下に味わわせたくない、人間らしい法律的な生活を送るために仕組みを変えなければという、妬みを打ち砕いた通常の慈しみの心は、生まれ出づることはないものだろうか。

 

 

 

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