イケメンはやっぱりお得?!
結局は顔がすべて?!イケメンとブサメンの間には絶望的な差が存在するというのは本当か?
・イケメンとブサメンの間には絶望的な差が存在するというのは本当か?
・「イケメンとブサメンの絶望的な差」の例一覧
・同じ性質でも賞賛になったり悪口になったりする
・「イケメンとブサメンの絶望的な差」から悪口の無価値を見極める
目次
・イケメンとブサメンの間には絶望的な差が存在するというのは本当か?
昔2ちゃんねるか何かで「イケメンとブサメンの絶望的な差」というテーマの書き込みがあり、イケメンが世の中でいかに得をしていてブサメンがその見た目によっていかに損をしているかが延々と書き連ねられていたのを見たことがあった。その内容がとても的を得ているようで感心したので今でも強く印象に残っている。例えば同じ「勉強ができる」という性質であっても、イケメンの場合は「知的」と見なされるのに対してブサメンの場合は「ガリ勉」と呼ばれたりするとか、そういったイケメンとブサメンに対して行われる理不尽で興味深い差別が無数に書き込まれているのだった。
なるほど確かにこれはその通りであり、例えば漫画のキャラクターでもキラキラしたイケメンが勉強ができる設定だったりすると周囲の女の子たちが「知的で素敵」だと噂していそうなのに対して、牛乳瓶の底みたいなメガネをかけた勉三さんみたいな人が勉強できると「ガリ勉」キャラだと決めつけられ、敬遠される可能性は高くなる。なんというかこれはもはや感性の問題であり、どんなに勉強ができて物知りでも勉三さんのことを「知的で素敵」だと思ったことがないのは、やはり勉三さんがイケメンではないからかもしれない。
以下に記憶に残っている「イケメンとブサメンの絶望的な差」の例をいくつか挙げてみよう。
・「イケメンとブサメンの絶望的な差」の例一覧
イケメン | ブサメン | |
勉強ができる | 知的 | ガリ勉 |
暗い | クール | 根暗 |
面白い | 人気者 | 笑われ者 |
無邪気 | 純真な子供心を忘れない | いつまでもガキ |
高学歴高収入 | エリート | 金の亡者 |
低身長 | かわいい | キモい |
高身長 | かっこいい | 怖い |
幼女好き | 子供好きで優しい | ロリコン |
・同じ性質でも賞賛になったり悪口になったりする
この他にも無数に「イケメンとブサメンの絶望的な差」が書き込まれていたが多すぎて忘れてしまっていた。ぼくがこれを見ていて興味深かったのは、同じ性質であってもいいようにとらえられることもあれば悪口としてけなされることもあるということだった。「勉強ができる」というのはその典型であり、「知的」だと賞賛されるような言い方をすることもできるし、「ガリ勉」だと見下すような言い方をすることもできる。同じ「勉強ができる」という性質でも、それを発する人の気持ちや言葉の使い方次第では、賞賛になったり悪口になったりするのだ。
これはおそらくイケメンとかブサメンとか関係ないのだろう。そういう場合ももちろんあるかもしれないが、「勉強ができる」というその人を褒めたいなぁという気持ちがあればその人を「知的」と表現するし、「勉強ができる」その人を憎んだり妬んだりしておりどうにかしていじめたい、けなしたい、貶めたいと思ったときにはその人のことを「ガリ勉」と呼ぶのだろう。たとえブサメンであっても勉強ができて友達にそれを教えてあげることで役立っていたり利益になっていたりした場合にはその人のよいイメージが保たれているので「知的」と賞賛されることだって大いにあるに違いない。
・「イケメンとブサメンの絶望的な差」から悪口の無価値を見極める
この「イケメンとブサメンの絶望的な差」からぼくたちが学び取れることは、悪口を言われてもそれは発言者の気持ち次第なのだから傷ついたり落ち込んだりする必要はないということではないだろうか。
例えばもし誰かから「ガリ勉」と悪口を言われ罵られたところで、気にする必要など全くない。それは「勉強ができる」という性質から賞賛の言葉にも悪口の言葉にもなり得たはずなのに、たかが発言者のネガティブな気持ちひとつによって「ガリ勉」という悪口が選択されただけのことだからだ。そんな発言者の悪意の込められた言葉に惑わされ、まんまと落ち込んだり傷ついたりしていては相手の狙い通りだし、思う壺である。相手の悪意の思い通りに決してならないよう、その悪口には落ち込む価値も傷つく価値もないことをしっかりと自覚すべきだ。
「ガリ勉」という悪口の根本には「勉強ができる」という性質があり、それは「知的」という賞賛の言葉にさえなり得た性質だが、今回の場合は発言者の「勉強ができる」ということに対する嫉妬や憎しみが先行し、「ガリ勉」という悪口を受ける結果となってしまった。しかし本来ならば見下されたり蔑まれるべきは、「勉強ができる」という賞賛にも悪口にもなれる性質を利用し、悪意を込めて人の心を傷つけようと計画した発言者の根性の腐り具合である。人の心を傷つけてやろうと言葉のナイフをふりかざす者たちの術中に決してはまってはならない。ぼくたちは聡明に悪口というものの正体とその醜さに気づき、その悪意からはるか心を護り遠ざけるべきである。