縄文系の顔の人はのんびりと温厚で、弥生系の顔の人はズル賢いというのは本当か?

 

日本人は縄文人と弥生人でできているらしい。

縄文系の顔の人はのんびりと温厚で、弥生系の顔の人はズル賢いというのは本当か?

・日本人は縄文人と弥生人から成り立つ
・縄文人と弥生人の見た目の違い
・無根拠な縄文顔、弥生顔の人のイメージ
・縄文系の顔の人は温厚で、弥生系の顔の人はズル賢いというのは本当か?

・日本人は縄文人と弥生人から成り立つ

ぼくたちは小学校の社会の時間に、日本人は縄文人と弥生人が混じり合ってできたのだと教えられる。なんでも元々日本列島に住んでいたのは弥生人で、彼らは狩猟採集で生活を立てていた。10000年以上続いた縄文時代は、大陸からの渡来が稲作を導入してきたことにより終わりを告げる。日本に米作りが広がり、田んぼで定期的に食料がとれるようになると安定した定住生活へと移行し、人口が爆発的に増えたという。

狩猟採集社会で獲物を求めて活発に動いていた縄文時代の土器はダイナミックで立体的でうねるような躍動感が特徴であるのに対し、安定した米作りで定住して生きていた弥生時代の土器はのっぺりとしていて平面的であるという、その時代の生活様式が人間の精神世界や生み出される土器にまで影響を及ぼしているというのが興味深くて面白い。

 

 

・縄文人と弥生人の見た目の違い

縄文人と弥生人が並べて比較されている図を見たこともある人も多いだろう。なんとなくのぼくの記憶で言うと、縄文人は毛深く、背が低く、目が大きく、鼻がでかく、彫りが深いような顔つきだった。それに対して弥生人は毛が薄く、背が高く、目は細めで、鼻も小さく、のっぺりとした平面顔だった。

今の時代の周囲を見渡してみても、日本人には単一民族とは思えないほどの様々な顔立ちが存在する。街を歩いていても、この人は縄文顔だなとか、この人は弥生顔だなとか、もちろんそのどちらともつかない混合型だなとか感じることもある。全ての日本人の中には、縄文系の血も弥生系の血も流れており、人によってそれぞれどちらの遺伝子が強力に肉体へと出現しているのかが違ってくるのだろう。

ぼくはなぜかこの縄文系とか弥生系とかいうのが昔から気になる性質で、無意識のうちにこの人は縄文系だろうか、弥生系だろうかとか考えてしまうことがよくある。ぼく自身は自分のことを、毛深い方だし背も低いから縄文系の要素が強いと見なし、縄文系の他人を見ると自分の仲間かもしれないと安心したりすることもある。何の根拠もないけど。

 

 

・無根拠な縄文顔、弥生顔の人のイメージ

顔つきでその人の性格が決まることはないというのは百も承知の上だが、ぼくの中にはなんとなく縄文系の人はこんな性格っぽい、弥生系の人はこんな性格っぽいという無根拠なイメージが存在する。それは縄文系の顔つきの人は野生的でのんびりと穏やかそうで優しそう、弥生系の顔つきの人の方が損得勘定を考えるのが上手そうで小賢しそうというイメージだ。こんなイメージを持っているのはぼくだけなのかと何人かの友達に聞いてみたが、大概みんな同じようなイメージを持っているようで興味深かった。

これは日本人みんなが持っているようなイメージなのだろうか。そしてどうしてこのようなイメージを持つに至っているのだろうか、なんとなく不思議だった。

 

 

・縄文系の顔の人は温厚で、弥生系の顔の人はズル賢いというのは本当か?

しかしぼくたちが子供の頃から見ているアニメを考えてみても、この顔面の法則は当てはまるように思われる。ドラえもんを考えてみると、目が細くて顔の薄い弥生系の顔をしているスネ夫はズル賢くて損得勘定が上手い、経済的観念のつきまとうイメージだ。それに対して顔が割としっかりしている縄文的顔つきのジャイアンは、乱暴で野生的ではあるものの温厚な一面もあり、またスネ夫のようにズルそうなイメージは全くない。のび太は縄文と弥生のちょうど中間的な顔つきだろか。ドラえもんはロボットなので、顔面を考察するに値しない。

遠い昔にドラえもんと似たようなアニメにキテレツ大百科というのがあったが、弥生的顔面のトンガリくんと、縄文的顔面のブタゴリラがそのままドラえもんの考察にも当てはまる。

日本のアニメにおける目が細くて顔が薄い弥生系の顔面のイメージというのはわりかし統一されており、ズル賢く損得勘定が上手くそれゆえに経済的に豊かなイメージだが、あまり使用できないタイプの人格だ。おそ松くんのイヤミなどもそんな印象ではないだろうか。このイメージがアニメからぼくたちに刷り込まれたのか、はたまた最初から弥生系の顔の人にそういうイメージがあってアニメに具現化されたのかは定かではない。

もちろんこれはアニメにおける法則であり、現実世界で目の前の人が弥生系の顔面だからといってそのような性格だと決めてかかるのはあまりに早急で不適切であるが、そのようなイメージをそこはかとなく日本人が共有しているのは興味深い事例であると感じる。

 

 

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