悪口を言うよりもタチの悪い人間像とは?!人の悪口や悪い噂を言ってはいけないというのは本当か?

 

人の悪口なんか言ってはいけないけれど…!!!!!

悪口を言うよりもタチの悪い人間像とは?!人の悪口や悪い噂を言ってはいけないというのは本当か?

・人の悪口や悪い噂を言ってはいけないというのは本当か?
・結局は人間は悪口や悪い噂が大好き
・悪口が発生してしまうのは程度が低いとはいえ自然
・無意味に人間関係を破壊する意味不明な陰口の媒介者Cさん

・人の悪口や悪い噂を言ってはいけないというのは本当か?

「人の悪口を言ってはいけない」というのは、誰もが子供時代の教育の上で伝えられる倫理的な教訓だろう。「悪口を積極的に言いなさい」などと子供に教育しているような大人は見たことがないし、親も先生も口を揃えて悪口は言ってはいけないと教えてきた。

悪口を言えば言われている当人は傷つくし、悪口を言ってしまえば回り回って自分のところにその悪意が帰ってくるよと教えられたような気もする。確かに隠れて人の悪口を言っているような種類の人間なんて質の悪い人間像だと思うし、軽々しく悪意を世界へと解き放てるようなその程度の人間なのかと残念に思ってしまうこともあるだろう。

また中島みゆきのお父さんが中島みゆきに教えたように、一度口から出した言葉は二度と戻すことはできず、言葉で人を傷つけてしまえば心につける薬はないという言霊の点からも、悪口を言うという行為は慎むべきだろう。

 

 

・結局は人間は悪口や悪い噂が大好き

そんな再三にわたる忠告にも関わらず、人間の大人というものは(あるいは子供も)悪口が大好きなように感じられる。良い噂よりも悪い噂の方が急速に広範囲に拡大するし、会話内でも盛り上がりも悪口ならではの白熱さを感じさせることもしばしばだ。それが確かな根拠に基づいた愚痴や悪口などはまだ救いがあるものの、本当か嘘かなんてどうでもよく、ただ悪口を噂し合って自分たちが楽しめればいいからとあることないことを言いふらしているような種類の人間集団も多く見受けられるので厄介だ。

子供時代から「悪口を言ってはいけない」ときちんと教育されて育ったような人間でも、積極的にあるいは遠慮がちにしかし楽しそうに悪口を言いふらすようになるのだから、もしかしたら人間という動物は、悪口や悪い噂をするように作られているのだろうか。

 

 

・悪口が発生してしまうのは程度が低いとはいえ自然

悪口を言うことや悪い噂をするのも程度の低い行為だが、まさかその噂の当人がそこにいる中で悪口を言うわけでもないだろうから、その当人に伝わってないだけまだマシな悪口だと言える。みんな誰かの悪い噂をし、共通の心の敵を作ることで結束力や友情を高め、上手に浮世を渡っていこうと計画するように人間の脳が作られているならば、悪口も仕方のない行為だろう。

また自我を持った人と人の心が接触しながら社会生活を営んでいなければならない限り、不満や悪口が出てきてしまうのは自然なことであり、見えないところで悪口を言い合いストレスを発散させるのは生き延びる術なのかもしれない。だからと言ってそのようにしか上手に生き延びる術を見出せないことに程度の低さを感じさせるが。

 

 

・無意味に人間関係を破壊する意味不明な陰口の媒介者Cさん

ぼくが今まで生きてきて悪口を言うよりも、悪い噂をする人々よりももっとめんどくさくタチが悪いと感じられたのは、人々はその人に聞こえないように陰で悪口を噂しているのに、わざわざ言われているその人のところへ行って「あの人あなたの悪口を言っていましたよ」と告げ口するような種類の人間である。このような人物はもはや何がしたいのか全くわからない!まさに人間ではなく悪魔のような存在である。

まず全くもってそのように報告する理由がわからない。AさんがBさんに見えないところでBさんの悪口を言っていたとして、そのままにしておけばAさんはストレスを発散させられBさんは何も知らないから傷つくこともなくのほほんと生活することができるのに、それを聞きつけてわざわざBさんのところへ行って「AさんがBさんの悪口を言っていましたよ!」と告げ口するようなCさんが世の中にはいるのだ!あなたの周りにもCさんのような人はいないだろか。

Cさんの生きがいや生きる目的は一体何なのだろうか。AさんとBさんを仲違いさせることだろうか。Bさんの心を傷つけることだろうか。それともAさんはひどい人だとBさんに思わせることだろうか。いずれにしてもCさんは何のダメージを受けることなく、少なくともBさんを不快な気持ちにさせることができ、さらにはAさんとBさんの間に亀裂を生じさせることができるだろう。しかしそのような風景を外側から見ていて、ぼくが最も性格が悪い要注意人物だと感じられるのは実はCさんである。ぼくの中ではAさんは悪口を好きなまぁ普通の人間、Bさんはかわいそうな被害者、そしてCさんこそ意味不明な悪魔だと感じられる。

Cさんはまるで秩序立ち調和している平穏な人間世界にわざと爆弾を放り投げ、人間関係を粉々に砕いてみせようとするような発狂テロリスト野郎である。しかもそんな風にして人間関係を破壊して、Aさんの陰口を暴き、Bさんの心を傷つけ、AさんとBさんの間に不和を生み出したところで、面白いことにCさんには何のメリットもないのだ。もしかしたらBさんに好かれAさんを嫌ってほしいと言う意図があるのかもしれないが、Bさんがよほどの馬鹿者ではない限りCさんを信頼したりしないしむしろその逆の結果となるだろう。Cさんは果たして何のために生きているのだろうか。

ただただ平和な人間社会を破壊し人の心を傷つけその上自分には何のメリットもないCさんは、インド神話で言えばまるで何もかもを破壊する破壊神シヴァのようだ。意味のない破壊を繰り返すCさんが神として祀られる日も近いだろうか。破壊があるからこそ創造は生まれ、新しい世界は築き上げられる。Cさんは新しい世界を生み出すためにわざと淀んだ偽りで塗り固められた人間社会を破壊しているのだろうか。しかしそれも調和を最重要項目とするこの島国ではなかなか理解されず、神として真に拝まれたければ飛行機でインドへでも旅立つのがよいだろう。

 

 

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