感動させようとして感動させられるというのは本当か? 〜ドラえもん映画の推移と真実の感動の出現〜

 

愛と勇気だけが友達だろうか。

感動させようとして感動させられるというのは本当か? 〜ドラえもん映画の推移と真実の感動の出現〜

・“感動させたい”の言葉の中の違和感
・“感動させてやろう”という出発点から感動は生まれない
・真実の感動の住処

・“感動させたい”の言葉の中の違和感

旅をしている人のプロフィールを見ているといろんな人がいて面白いなぁと思う。いろんな年代の人がいるし、いろんな旅の経路の人がいるし、いろんな旅の理由を書いている人がいる。たくさんの種類のさまざまな人がいてこそ、世界というものは鮮やかに彩られていくだろう。

そのような旅の理由の中に、最近はポジティブな理由のものが多くて興味深い。誰かに夢を与えたいとか、感動を与えたいとか、人を繋げていきたいとか、なんだかあまりにポジティブでお利口だと、履歴書の文章を見ているような気分になるのはぼくだけだろうか。なんだか世間の一般的な人々に多く受け入れられるような体裁の文章が多いのが面白い。もしや彼らにとって旅は就職活動なのだろうか。

そもそも人間というものはそんなに人に貢献したいという思いを根本的に持っているものなのだろうか。人様の欲望や希望のことなので、言及するのもはなはだ野暮ではあるが、ぼくの中で素朴な疑問である。人というものは、食べたい眠りたいセックスしたいなどの動物的で根本的な欲望の他にも、そのように心から他人に感動を与えたい、夢を与えたいと自発的に思うものなのだろうか。就職の面接の場以外でも、本当にそのように感じている人はどれくらいいるのだろうか。

ぼくが周囲を大まかに観察している限りでは、そのような人はほとんどいないだろう。もちろん学校の入学の面接や、就職試験の面接の際にはそのように述べる人々が星の数ほどいるが、実際には働いて稼いで食べていくための口実だろう。ほとんどの人間は人々に幸福を与えようとして人生のほとんどの時間を労働に費やしているわけではなく、自分の食事のために労働していると言っても大きな間違いではないだろう。

しかし自分の生活のための労働であっても、結果としてそれが他人の幸福へと自然と繋がっているのであれば、それは素晴らしいことである。そして大体の仕事は誰かの幸福や誰かの役に立つような仕組みになっていることだろう。世の中はそのようにして、自分に与えるつもりで動いていても結果的に他人に与えるようにできているのだ。そして本来は自分に与えるつもりだったのに、振り返ってみれば人生のほとんどの時間を他人のために費やしているようなカラクリになっており、違和感を覚える人もいるに違いない。

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それでも夢や希望や感動を与えたいと前面に主張する旅人が不思議と多く見受けらるのは、就職面接的なプロフィールを書き込むことによってお金を得ようとする意図がある可能性はあるだろう。実際にそのような人々は、クラウドファンディングで旅の資金を集めようとしている人々も多い。クラウドファンディングは究極的に言えば電子空間における物乞いの行為であり、お金のある人からお金のない人へとお金を流そうと企む以上は、お金のない人はなにか人間的・社会的に立派な旅の理由を述べる必要があるだろう。

本当はただ単になんとなく旅に出てあわよくば有名になったり目立ちたいだけだけれど、何もせずに他人からお金を受け取りたいので、夢いっぱい感動いっぱいのプロフィールや紹介文を書かなければならないというのは浅薄で小賢しい思想だが実際にありそうな事例である。このようなクラウドファンディングでの旅は批判される傾向にあるが、その旅が実際に夢や感動を与えたり人間たちの役に立てばゆるされてゆくのだろうか。

夢と感動を与えるという文章を書いていて、ぼくはなんとなくアンパンマンの「愛と勇気だけが友達さ♪」という愉快な歌が頭に浮かんできた。しかし、感動というものはこのようにして、感動を与えるぞ!と意気込んで与えられる性質のものなのだろうか。ぼくはここでアンパンマンではなく、ドラえもんの映画の歴史的推移を思い出した。

 

 

・“感動させてやろう”という出発点から感動は生まれない

ドラえもんの映画というものは名作が多いし大好きだ。特に昔のものはいい。それはぼくが子供の頃から見ていたからというわけではなく、ぼくが生まれる前の作品でさえ、ぼくの世代のものよりもいいと思わせる力があるのだ。ドラえもん映画の境目は、なんと言っても藤子・F・不二雄さんの死去が挙げられるだろう。あの時期を境に、なんだかぼくにとってドラえもん映画に違和感を感じることが多くなっていく。

昔のドラえもんはいい。特に原作者の死去の前のものがぼくは好きだ。昔のドラえもんは、ただひたすらに冒険している。ドラえもんとのび太くんとジャイアンとスネ夫としずかちゃんの5人で、時に勇敢に時に馬鹿馬鹿しく、宇宙や海底や地底や過去や絵本の中など、新しい場所への旅立ちは繰り広げられ、子供達をわくわくさせてあげよう、楽しませてあげようという熱意や情熱が作品から伝わってくる。

そのワクワクするような結果として、ちょっとした感動が呼び起こされたりするのも情緒深くていいものだ。感動の極致に値するのはなんといっても「のび太の鉄人兵団」だろう。あれは何度見ても最後のシーンで泣いてしまうし、それもこれもドラえもんやその他男性陣が一生懸命に戦場で戦っていたことと、しずかちゃんの頭脳やタイムマシンを乗りこなす謎の驚異的な運転能力により、最終的にそれらの結果として“たまたま”すさまじく感動的なシーンが繰り広げられたからに他ならない。泣かせてやろう、感動させてやろうという心があるわけではなく、そこには子供達を楽しませよう、面白がらせようという思いが確かに根本にあり、その結果として自然な形で感動的なシーンになるのが趣深いし粋なのだ。

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しかし作者の死去の影響か、時代のそのような流れか、作風は微妙に徐々に変化していく。いつの間にかドラえもん映画には、“感動させてやろう”、“涙を流させてやろう”という思いが前提となり作品に強く全面的に押し出され、その雰囲気が蔓延してしまうのだ。感動させてやろうという意図が端から感じられるような作品は、非常に野暮なものだし、そのような作品で心の底から感動できるわけがない。

ぼくは子供ながらにもその微妙な変化に気づき、心からドラえもんの映画を楽しめなくなってしまった。予告編でさえ“感動的ですよ”、“泣けますよ”などと押し付けがましい雰囲気が漂っており、白けてしまうことこの上ない。ドラえもんは本来子供たちのためのものなのだ。そのドラえもんの映画は、従来の冒険心や面白さで満たされているのがふさわしいのであり、決して感動や涙ありきで鑑賞するものではないのだ。もしかしたら、感動や涙を前面に押しだすことで大人たちの観客も取り入れようとしていた可能性も高いが、大人たちもそのような野暮な空気を感じ取ってしまうのではないだろうか。

最近で言えば「STAND BY MEドラえもん」のポスターですら、ドラえもんが涙を流しており、心底残念で気持ち悪くなった。やはりドラえもんで大人を感動させてやろう、泣かせてやろう、それありきであるという思想は今も変わっていないようだ。そしてそれが甚だ野暮なことであるとぼくは強く確信しているのだが、他のドラえもん好きの人はあんなので満足なのだろうか。このようにドラえもんに“without端からの感動や涙”を主張しているのはぼくだけなのだろうか。

しかしドラえもん映画好きの友人たちに上記の話を強く主張すると、みんな心から同意してくれたので嬉しかった。やっぱりみんな同じように感じていたのだなぁと変な連帯感が生まれたりもした。

 

・真実の感動の住処

ドラえもんの映画から感じるように、感動というものは、この世で必死に駆け抜け行動し、その結果としてたまたま自然と与えられるものではないだろうか。逆に感動ありきで行動しているとしたらものすごく野暮で粋ではない感性だと感じてしまうし、美しくないだろう。

そして感動させたいという欲望からは、どうしても他人からの視線を常に気にしているという根性が見え隠れしてしまう。そうではなくて、全部自分のために行動していると言い切った方が実際に潔いのではないか。

全部自分のために、自分の欲望のままに、野生動物のように無意識に旅をして行動する。わき目もふらないし、他人を見ている暇さえない。見つめているのは常に自分自身と旅の姿である。そのように、自分の炎に忠誠を誓い研ぎ澄まされた精神が結果として、旅という感動的なものをこの世に表現・表出できるようになるとすれば、それは粋だしかっこいいことではないだろうか。

それこそがこの世での表現物のすべての理想的な姿であるし、解釈を広げれば理想的な生命、人生の色彩だということができるだろう。他人を気にしているほど余裕のある人生に、真の感動を与えられる機会ははなはだ稀なのだ。

 

 

 

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