街中に流れる歌が、愛することを祝福していた。
人を愛することが幸せだというのは本当か?
・人を愛することは素晴らしいと讃える流行歌
・人を真に愛するための苦しみ
・人を愛するという少年の罪
・愛する者の時の異国
・「人生は苦しい」
・「美しい人」
・人を愛することは素晴らしいと讃える流行歌
幼い頃から自然と耳に流れてきた流行歌。そのすべては、人を愛することの素晴らしさを伝えていた。人を愛すれば幸福になれるのだと伝えられた。愛こそすべてなのだと教えられた。幼い頃はそれを疑いもしなかった。
・人を真に愛するための苦しみ
本当に人を愛することは真実の苦しみを伴うものなのだと、なぜ誰も教えてくれなかったのだろう。本当に人を愛すれば絶望により身を滅ぼされるものだと、どうして誰も幼い少年に聞かせなかったのだろう。
愛することを信じていた少年がやがて愛の冷たさに打ちひしがれる日が来ても、歌はまるで決められた教科書のように鳴り響くことをやめないだろう。「愛することは素晴らしい」のだと。「愛することがすべて」なのだと。
・人を愛するという少年の罪
愛することで幸福になれないのはなぜだったのだろう。愛することにより祝福されないことにはどんな意味があったのだろう。愛することにより人を幸福にできないのはどうしてだろう。愛するごとに悲しみを増していくのはなぜだったのだろう。愛することで誰もが悲しむことをなぜ知るのだろう。愛することの重さをその小さな背中が抱えきれずに震えている。
根源の少年に愛について問うても返ってくるのは同じ応え。「愛することは素晴らしい」んだ。「愛することがすべて」なのだ。少年の祈りにも似た歌声に、目の前に立ちはだかる愛が引き裂かれて終わる。
何もかもが思いもよらぬ愛に、注ぎ込まれた少年の心はもう動けない。矛盾しか抱かない愛に、立ちすくんで言葉さえ出ない。愛するために生まれてきたのに、愛によりこの命は滅ぼされた。
・愛する者の時の異国
人を愛するということは素晴らしいと言って笑いたかった。愛することがすべてなのだと語って眠りに就きたかった。けれどもう遅すぎた。愛するという罪に溺れた生命が、呼吸もできずに時を止める。ぼくたちは、時の異国へと旅立つ。
そのような生命が、どこにでもある。そのような生命が、いくらでもある。愛することにより異国へと旅立った者たちよ。愛することにより炎を翳された者たちよ。あらゆる受難から出離する鍵を、その痩せた掌に握りしめてゆけ。
・「人生は苦しい」
生きることは素晴らしいという言葉に
どれだけの少年が傷付いたことだろう
人を愛することは尊いという言葉に
どれだけの少女が望みを絶やしたことだろう
人と同じでなければならないと怯えた瞳が彷徨っている
それだけが それだけが
ぼくが見た人の世の中だった
誰もが思考することを停止して
録音された音声を発するだけの機械と成り果てているならば
ぼくだけは君に告げよう
「人生は苦しい」
「人生は苦しい」
何度でも君に告げよう
「人生は苦しい」
「人生は苦しい」
だからどうか生きていてね
希望をまだ望めるほどの人生ならば
生きることは易かろう
けれどもあらゆる希望から見放された者にしか
見えない地平もあるだろう
そこへと辿り着く道は
決して安らかではなくても
ぼくはきっと生きていこう
できることならば君と共に
例え遠く離れていても
空へと手を延ばせば 夜の闇に繋がれている
例え時代を隔てていても
土へと手を延ばせば 泥の底で接続される
この苦海に立ち向かい 見定め 破壊し
その向こうにある浄土へと出離できるのは
真に傷付いた者以外 ありはしない
・「美しい人」
いないもののように
扱われてきたね
否定されて当然と
言われ続けたね
隠れて生きるべきだと
誰かが教えたね
怯えるように生きて
くぐり抜けてきたね
震えて丸まり
世界を見ていたね
誰かの一言に
必死に耳をふさいだ
自分の存在さえ認められずに
もがき苦しむその姿に
胸が痛くなるよ
生きるということは
つらいことですか
人を信じるのは
怖いことですか
人を愛することは
絶望と同じですか
そこから歩き出す
力がありますか
孤独と共に歩む
覚悟がありますか
明日が暗闇の中で
叫び続けてる
こんな風に生まれるくらいなら
死んでしまった方がよかった、と
流れる涙がまるで血液のように見えて
ぼくは何も言い出せない
ねぇぼくたちは 諦めるべきなの?
『諦めるべきものと 戦うべきものが
この世にはあるのでしょう』
誰もが知らない絶望を伴い
誰にも見せない苦しみを背負い
息もできずに生きるあなたの姿が
ぼくにはとても 美しく映った
だって絶望を知らない人間に
生きる意味なんてないでしょう