韓国人・中国人が日本人を嫌いというのは本当か? 〜東アジア諸国の本当の関係性〜

 

旅の中では、みんな仲良く過ごしていました。

 

韓国人・中国人が日本人を嫌いというのは本当か?

・韓国人・中国人が日本人を嫌いというのは本当か?
・中国人の人々との対話
・東アジアへの日本文化の流布
・東アジアの国の人々の関係

・韓国人・中国人が日本人を嫌いというのは本当か?

ぼくは2018年10月30日から2019年2月6日の間、シベリア鉄道・ヨーロッパ周遊100日間の旅をした。訪れた国は、ロシア、フィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニア、チェコ、ポーランド、ハンガリー、オーストリア、スイス、フランス、ベルギー、オランダだった。その中で、たくさんの人々と交流した。

その中でも最も多く会話を交わしたのは韓国人・中国人・台湾人など東アジアの人々だった。世界へと出てしまえは東アジアの人々は容姿も考え方も似通っており、非常に親しみ深い存在となる。日本にいるだけではその他の東アジア人との違いを強調されるばかりで感じにくい感覚かもしれないが、西洋人やその他の世界の人に比べたら、やはりぼくたちは東アジア人として一定の共通点を持っており、それが安らぎを与える機会は多々ある。

この旅の中では、西洋人はお酒を飲んで騒いだりする人々が多いイメージがあり、東アジア人はアルコールなしで会話したり語ったりするのが好きなイメージだった。ぼくもお酒は好きじゃないので、東アジア人的な風習に共感を覚えた。

日本にいるとインターネットのニュースなどで、韓国や中国という国家が日本を嫌っているというニュースであふれており、あたかもすべての韓国人や中国人が日本人に敵意を持っているかのように錯覚してしまうが、旅に出て話し込むと、それはまったくの間違いであることに気がつく。

 

 

・中国人の人々との対話

ぼくが中国人と最も親しく会話する機会を持ったのは、ロシアの北極圏の街・ムルマンスクの宿においてだった。ムルマンスクは不思議な街で、3人の中国人と共に食事したり、ロシア人のチベット仏教徒に出会ったりして交流を深めていた。

ロシア人チベット仏教徒と受け取ることの本質

ある日ムルマンスクの宿のキッチンでブログを書いていると、同じ宿に宿泊している3人の中国人が料理を作り始めた。2人の女性と、1人の男性の中国人。彼らはぼくに調味料の場所などを質問することなどを通して、ぼくらは親しく会話するようになり、彼らの夕食の机に招待された。

中国人というのは、男も女も料理をちゃっちゃと作れるというイメージだ。世界のどこでも食材を的確に買い集め、たくさんの種類の料理を一気に作ってしまうから感心してしまった。中国人は世界中に住んでおり、それは彼らが世界のどこでも生きていけるだけの能力と適応力があるからなのだろうと、彼らを見ていて推測した。

彼らが作った肉料理や海鮮料理はとても美味しく、日本の中華料理屋さんではない、中国の中華料理の味がした。彼らと食事を共にしながら、ぼくたちはいろんなことについて会話した。ひとりの女性はぼくと同様に医師であり、なんとドバイで東洋医学の医師として働いているとのことだった。

彼女は西洋医学で治療することよりも、東洋医学の観点から体のバランスを取ったり予防することに興味があるということだった。中国では西洋医学と東洋医学の病院がわかれていることや、日本の医学部では主に西洋医学を中心に学ぶことなどを話し合った。また、ぼくは東洋医学の発祥は中国であるという前提を話していると、昔はそうだったけれど最近はそうではない、最近は日本で独自に発展を遂げた東洋医学の方が優れており、日本人の有名な歴史的な東洋医学者の名前を教えてもらったが忘れてしまった。しかしそれは日本の医学部でも習わないような知らない名前だった。しかしその日本人の東洋医学者は中国ではとても有名らしく、他の2人もその名前を知っていた。

その話に限らず、彼らは他の観点からも日本をとても尊敬してくれていたので意外だった。インターネットなどには「中華」というのは中国が世界の真ん中であるという思想であるといい、中国人とは中国人が世界の真ん中であると考えている人々であるなどと書かれているのを見かけるが、彼らに関してはまったくそのような印象は受けなかった。東洋医学なんて中国の思想を起源としているのだから、自分たちの文化として誇らしく会話すればいいものを、日本の方が発達しているという事実を認めつつ会話してくれるなんて、むしろ謙虚な人柄である言えるだろう。

彼らは医者や英語が堪能な人など高度に教育されている雰囲気があり、そのように教養のある人々というのはむしろ、自分を中心に考えずに客観的に物事をとらえ、自国や他国といったものにとらわれず、良質なものはそれが良質であると認めることができる人としての性質のよさを兼ね備えていた。

日本と中国は、漢字やその他の文化など共通している部分も多く、それらに関しての知識を共有することで、日本と中国というふたつの国というよりはむしろ、ひとつの東アジア文化圏という大きなくくりで、同じ人々として会話することができた。ぼくたちは漢字や東洋医学、易経や気の流れについてなどを語り合った。

彼らがPokémon GOやポケモンを知らないことには驚いた。世界中のどの人に聞いても、ピカチュウくらいは知っているものだが、彼らは知らなかった。中国ではfacebookやYouTubeと同様に、Pokémon GOも規制されているのだろうか。Pokémon GOを知らないと言った彼らは、今は中国でこれが大人気なのよと意味不明の見たこともないカエルのゲームを見せてくれ、中国は文化的に世界で孤立しているのを感じた。

ぼくはポケモンについて説明し、炎タイプは草タイプに強いとか、水タイプは炎タイプに強いとかいうことを、ポケモンを知らない彼らに頑張って説明したりしていた。そしてこのタイプの関係性は、おそらく東洋思想的な易の文化を参考にしてのことだろうということを説明すると、彼らは納得していた。ポケモンとは、中国的な易の関係性の思想と、日本的な八百万の神の思想がうまく重なり合ってできたものだろう、まさに東アジア国家の日本という国に誕生すべきして誕生したものだろうと、ぼくは考えていた。

 

 

・東アジアへの日本文化の流布

中国人にしても韓国人にしても台湾人にしても、小さい頃から日本のアニメを見ていた人々はとても多く、それによって日本文化に親しみを覚えたり、少なくない日本語さえ知っているような若者はとても多い。小さい頃から見てきて自我を形成してきた材料を、嫌うことが出来る人はほとんどいないに違いない。東アジアの若い人々が、日本の文化を尊重してくれる人々が多かったのも当然の成り行きかもしれない。

そして今後のインターネット社会において、ますます若い人々は日本のアニメ文化に触れることになるだろう。それらは簡単に字幕付きのものを無料で見ることができるからだ。そしてそれは、東アジアの若い人々が、日本の文化や日本人、日本という国に関して親しみを覚える契機となるだろう。戦争がなんだ歴史がなんだと不確かなものを叫んでいる世代を終えて、新しい関係性が構築され始めるかもしれない。

今回の旅で感じたことは、韓国人も中国人も、日本に親しみを覚えている人々が多く、むしろ尊敬している人々が多かったように見えたことだ。ぼくが日本人だからそのように振舞っていてくれただけのことだろうか。しかしインターネット社会が言うように、あからさまに日本を嫌っているものならば、それを隠すことはあっても好きなことや敬意を表したりまではしないだろう。アニメや漫画など日本の創造物に対する親しみや、東アジアにおいて先頭に立って発展してきたことの認識が彼らの中にはあるようだった。ぼくが話をしたのはインターネットを自由に使いこなせるような若い人々だけであり、テレビしかなくて思想を洗脳しやすかった世代に関してはこの限りではないのかもしれない。

 

 

・東アジアの国の人々の関係

むしろ気になったのはその他の東アジアの国々の関係である。やはり近隣諸国というのはトラブルがつきもので、これは世界中で共通していることなのだからこれで正常だろうか。

インターネット上では韓国と中国が日本を嫌っているということばかり取り上げられるので、その点からすると韓国と中国は仲良しなのかと思いそうになるが、ぼくがこれまで出会った人々の中では、すべての韓国人は中国人をよく思っていないし、すべての中国人は韓国人をよく思っていなかった。

中国人が韓国人を嫌う理由としては意見が一貫しており「いつも起源を主張するから」というものだった。そして韓国人が中国人を嫌う理由は人によって様々であり「やかましい」「なんかくさかった」というものまであった。おそらく生理的に嫌いなのだろう。その2国が日本を嫌うよりも、むしろその2国間の方が仲が悪い印象が残った。

そして中国人は台湾人を見かけると「台湾は中国の一部なのに、台湾人はそれを知らないんだよ」と必ず言うのだった。逆に台湾人は中国人のことを悪く言わないことが多く、なんだかそんな台湾人の人柄に好感を持てた。やはり台湾人は、唯一日本人と感性が類似している人々のような気さえする。

そしてまったく知らなかったが、台湾と韓国の国同士も仲が悪いようだ。それじゃあ韓国ってどこの国と仲がいいの?と尋ねると「アメリカ」という答えが帰ってきた。近隣には仲良しの国家がないらしい。

複雑な東アジア国家同士の関係。しかしこのような関係性も、自分が日本人だから見えていないこともあるだろう。ぼくが日本人だから本当の気持ちを伝えられていないかもしれないし、日本人のいないところでの彼らの会話が気になるところではある。

 

 

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ