ドラえもんアニマル惑星考察と武田鉄矢「天までとどけ」のカタルシス!人間がゴキブリのように醜い存在だというのは本当か?

 

人間がゴキブリのように醜いと訴えているドラえもんの映画があります。

ドラえもんアニマル惑星考察と武田鉄矢「天までとどけ」のカタルシス!人間がゴキブリのように醜い存在だというのは本当か?

・ドラえもん映画「のび太とアニマル惑星」は桃源郷の世界観
・人間がゴキブリのように醜い存在だというのは本当か?
・ドラえもん映画による数々の愚かしい人間への警告
・人間にも美しい点がいっぱいあることを最後に武田鉄矢さんが歌ってくれる

・ドラえもん映画「のび太とアニマル惑星」は桃源郷の世界観

ドラえもん映画「のび太とアニマル惑星」をご覧になったことがあるだろうか。ドラえもんたちが不思議なピンクのガスに導かれ、宇宙の果てにある動物だけで暮らしている星「アニマル惑星(プラネット)」へと冒険に出かける物語だ。

動物だけの惑星と聞くとなんだか可愛いのほほんとした話のように感じられるし、実際に映画の最初の方はそんな雰囲気だ。しかも動物たちの惑星は非常に科学が発達しており、22世紀の地球をも凌ぐ環境設備が整えられているというから驚きだ。平和で可愛い動物たちの生活と、きちんと守られた環境、美しい大自然を併せ持つ「アニマル惑星」は、まるでこの世の桃源郷のように描かれている。そして、その対極に位置づけられたものとして醜い人間世界が登場する。

 

 

・人間がゴキブリのように醜い存在だというのは本当か?

人間たちはアニマル惑星の月に住んでおり、発達した科学技術を思い上がってよくない方向ばかりに使うようになった先祖たちによって汚染された地獄のような環境で惨めに暮らしていた。しかし自分たちの地獄星のすぐそばのアニマル惑星で動物たちが素晴らしい環境の中、幸福に暮らしていることを知ると愚かしい憎しみが沸き起こり、武器を使ってアニマル惑星を支配しようと企むことから、アニマル惑星の動物たちと地獄星の人間たちとの戦いが始まる。動物たちはただ平和に暮らしていただけなのに人間は自分たちの行いの反省もせず侵略の欲望を引き起こし、アニマル惑星を支配しようと思い上がる身勝手な風景は、人間の愚かさを凝縮させているような場面にも見受けられる。

最終的には地獄星の人間たちは、動物たちの反撃と宇宙警察によって逮捕され争いは解決された。逮捕された際、地獄星の人間たちは「コックローチ団」という名前だったことが告げられる。コックローチとは、英語でゴキブリのことである。この映画からは、愚かな人間たちはゴキブリのように醜く汚い者たちだという強い否定、批判や憎悪の思いが込められているような気配がある。

 

 

・ドラえもん映画による数々の愚かしい人間への警告

この時期(1990年周辺)のドラえもん映画では、人間の愚かな行いに対する批判や警告という側面が強く打ち出されている。この「のび太のアニマル惑星」でも地球が抱えている様々な環境問題についての言及が長々とのび太のママから説明されるシーンがあるし、2年後の「のび太と雲の王国」では人間が環境を破壊しすぎてもう地球がもたないから、人間世界を大雨で全て洗い流そうという計画が持ち上げられている。3年後の「のび太とブリキの迷宮」では、科学を発達させて楽をしすぎた人間どもがロボットに世界を乗っ取られる世界を描いており、いずれも人間たちへの強い警告が感じられる作品だ。

ドラえもん映画「のび太とブリキの迷宮」でのび太が奇声を発しているというのは本当か?ていうかなぜなのか

これらのドラえもん映画を見て育った子供たちは、自然や動物を大切にしなければならないと心から思うし、科学技術ばかりに頼って生きてはいけないのだと自らの生活を見直すだろう。しかし自然とか動物を大切にしたい思いが強すぎるあまりに、自然や動物=善であり、人間たち=悪であるという構図があからさますぎる作品が、この「のび太とアニマル惑星」ではないか。動物たちと対峙する人間たちをゴキブリと名付けるなんて、ちょっといきすぎた思想の偏りではないだろうか。映画を見るのは人間の子供たちなのだ。

無論子供たちはコックローチ=ゴキブリという英語を知らないだろう。しかし大きくなってまた「のび太とアニマル惑星」を見たとき、自分たち人間のことをゴキブリだと言及されていたのだという事実に気づいた時、かつての子供たちは何を感じるのだろか。本当に自然と動物は善で、人間はゴキブリのような悪なのだろうか。地球の未来を担っている子供達に、あなたたちはゴキブリのような存在だと訴えかける映画があってもいいというのだろうか。

 

 

・人間にも美しい点がいっぱいあることを最後に武田鉄矢さんが歌ってくれる

しかし、この映画は思いもよらないところで浄化を遂げる。自然と動物は善だと、そして人間はゴキブリのような悪なのだと、極端で偏りすぎた思想に果敢に立ち向かい、いや、人間はそのように弱いところもあるけれど実は素晴らしく美しい点をたくさん持っているのだと潔く言い放ち人間をかばってくれたのは、映画の最後に流れる「のび太とアニマル惑星」の主題歌、武田鉄矢さんの名曲「天までとどけ」である。

”おいら優しい歌が聞きたいな
誰か本気で歌ってくれないか
この世に生まれた生き物たちで
花を見つけて微笑んだのは人間だから

流れる涙は人間だから
弱いあなたは人間らしい

おいら静かな歌が好きだよ
下手でもそっと歌ってくれないか
夜空の星のひとつひとつに
綺麗な名前をつけたのは人間だから

流れる涙は人間だから
弱いあなたは人間らしい
迷っていいのさ人間だもの
いつか強くなる人間だって”

ぼくはこの映画「のび太とアニマル惑星」という作品は、武田鉄矢さんの「天までとどけ」があるからこそ名作になると思っている。この歌によって人間がかばわれることがなかったら、この歌によって人間の醜い行いが浄化されなければ、ぼくたち人間はドラえもん映画によってゴキブリのような存在だと言い放たれたまま、映画を見終わることになってしまうのだから。

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