忘却が悪であるというのは本当か? 〜忘却に慈しみをあげよう〜

 

忘却が悪であるというのは本当か?

・記憶と忘却
・記憶だけが尊ばれている浮世
・忘却が蔑ろにされている
・果たして忘却は本当に悪か
・忘却に慈しみをあげよう

・記憶と忘却

ぼくたちには生きていく上で、欠かせない重要なふたつの機能が備わっている。それは、覚えること、そして忘れることである。覚えることは難しく言えば記憶する、忘れることは固く言えば忘却するという。ぼくたちは生まれてから、常に多くのことを経験し、たくさんのことを覚えながら、次第にひとりでできることが増えていく。言葉だって覚えるし、トイレに行くことだって歯磨きすることだって覚える。もっと大きくなると学校へ行く。学校でも覚える。いろんなことを覚える。数字を覚えるし、漢字も覚える。実験のことや地域のことだって、難しくたって覚える。

そして、ぼくたちはたまに忘れる。授業でボーッとしているだけじゃ、やったこともすぐに忘れる。頑張って覚えた数字や漢字も、しばらく経つと多くを忘れてしまう。どうして忘れてしまうのだろう。どうして忘却するのだろう。人間が忘却さえしなければ、すべてを記憶していたならば、ぼくたちはテストで点数を引かれることなんてないのに!

 

 

・記憶だけが尊ばれている浮世

ぼくたちは覚えなければならない。ぼくたちは記憶するように強制される。家の中で、学校の中で、社会の中で。覚えることは尊いみたいだ。覚えることは賢いみたいだ。たくさんを覚えらえる人は、小学校では天才と呼ばれてた。すぐに覚えられる人は、中学校では優秀だと言われてた。記憶する人間が必要とされている。記憶する能力がもてはやされている。

記憶をすれば人間の役に立つみたいだ。将来、人間の役に立つみたいだ。人間の役に立つことが、この世に生まれた目的みたいだ。そして人間の役に立つことを、大人はやがて仕事と呼ぶ。人間の役に立つ、仕事という行為をすることで、大人たちはお金を稼ぐみたいだ。そして飢えずに生き延びていくみたいだ。たくさん稼げることが人間にとって適切みたいだ。お金を第一の目的に考えることを、資本主義というらしい。資本主義では、お金を稼げる人がいちばん偉いんだ。

記憶をすれば、人間の役に立つ、人間の役に立つことを労働と呼ぶ、労働をすればお金が稼げる。資本主義のこの世では、お金を稼ぐことがいちばん偉いから、お金を稼ぐことへと繋がる、記憶の能力を、とても大切にするみたいだ。

 

・忘却が蔑ろにされている

対して忘却はどうだろうか。忘れることはどうだろうか。すぐに忘れる奴はバカだと呼ばれた。覚えられない奴は愚鈍だと罵られた。忘却することを誰もが恐れた。忘却することを誰もが厭った。忘却すれば、人間として無能だ。忘却すれば、生きている甲斐がない。洗脳は始まっていた。次第に強さを増していった。

学校のテストはみんな、忘却しないことを求めていた。すべてを忘却すれば0点で、すべてを記憶すれば100点だった。その他に感性というのも、勉強には重要だったが、記憶は最も重要だった。記憶したことに対して、感性を働かせるからだ。

学校がすべてである子どもたちが、忘却を好くはずがない。勉強が大切な人々が、忘却に寄り添うはずがない。忘却は罵られ、蔑まれ、嫌われて捨てられた。人々は忘却を恨んだ。忘却なんてなくなればいいのにと思った。

かわいそうな忘却。忘却が泣いている。誰にも愛されずに泣いている。

 

 

・果たして忘却は本当に悪か

もしも起きたことをすべて覚えていたら、人間はどうなるだろうか。もしも生まれてから今までをすべて、抱え込んだなら、人間はどうなるだろうか。悲しいことも、嬉しいことも、苦しいことも、幸せなこともすべて。覚えていたら幸せだろうか。幸せだと笑えるだろうか。

一生で最も大きな愛を失ったあの日、心が死んでしまったのかと思った。何を恨んでもいいかもわからず、自分だけを傷つけ続けた。誰を責めればいいのかもわからず、運命を責め続けた。幸せになってはいけないと、生まれた時から決められていたような気がした。この先に訪れる生きる日々に光はないと、決めつけて暗闇の部屋の中へと沈み込んだ。もう二度と抜け出せない暗闇に、迷い込んだ気がした。それなのに時が経てば、ぼくは暗闇を少しずつ忘れていった。そしてまた光を見られるようになった。

大切な大切な人が死んでしまったあの日、この世の全てが終わったのかと思った。この世のすべての人々の苦しみが、ぼくの心にのしかかって来たのかと思った。動けなかった。話せなかった。もう死ぬのかと思った。それでも今、ここにいる。ぼくたちは忘却するのだ。あまりに悲しいこともいつか。少しずつ少しずつでも、忘却は人の心を優しく慈しみをもって包み込み、そして生きることを助けてくれる。

もしも起きたことをすべて覚えていたら、思い出の重さに耐えかねて、人は未来を生きられないかもしれない。もしも生まれてから今までをすべて、抱え込んだなら、あらゆる思いにねじ伏せられて、人は息の根を止められるかもしれない。忘却が、知らず知らずのうちに、ぼくらを助けてくれている。忘却が、気づかれないほどに優しくやわらかく、ぼくらを生かしてくれている。

 

 

・忘却に慈しみをあげよう

愚かな洗脳に支配されて、忘却を蔑み続けて来た。浅はかな思想に惑わされて、記憶だけを崇め奉り続けた。ぼくは光の中で目を覚ます。忘却に包み込まれながら生きてこられた日々を、噛みしめるようにして問いただす。忘却の本当の正体を。

もしも生まれた時に、生まれる前のことをすべて覚えていたら、ぼくたちはこの一生を生きられないかもしれない。生まれる前に愛した人を、異なるこの世でもさがし求め続け、魂は彷徨い途方にくれるかもしれない。ぼくたちの一生は、清らかな忘却から始まる。

忘却に慈しみをあげよう。大きなる慈しみを。抱えきれない慈しみを。忘却がぼくらに、そうして与えてくれていたように。

ぼくたちはこの一生の最後に、すべてを忘却してこの世を去る。すべてを忘却するのならば、この一生は無意味だろうか。どうせ存在しないのも同じものだろうか。

いいえ。

すべての忘却の彼方に、確かに残る光がある。その光の正体は、ぼくにとっても違う。あなたにとっても違う。それぞれが、それぞれに、この一生で見つけ出さなければならない。ぼくたちがこの記憶を忘却し、この一生を忘却し、この命を忘却した後にさえ、ぼくたちに伴い、なお残存し続ける光を。

 

 

 

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