ぼくが人間であるというのは本当か?

 

実はわたしはこの世の者ではありません。

ぼくが人間であるというのは本当か?

・ゆうれいつぼ
・「実はわたしはこの世の者ではありません。」
・異人(まれびと)について
・ぼくは異人(まれびと)そのもの
・激流

・ゆうれいつぼ

突然ですが昔話をします。

昔々、琵琶湖の東側、小津というところにとくゆうさんという年寄りがおりました。とくゆうさんは船で琵琶湖を渡って毎日西の坂本へと行き来し、荷物を運ぶ船頭を生業としていました。ある夜のこと坂本の帰り、急に風が出たかと思うと風が強くなりました。とくゆうさんは船をだましだまし漕いでやっとのことで小津へと帰り着きました。その時には夜もだいぶ更けておりました。岸辺に着いたとくゆうさんが帰ろうとすると、船の舳先の方に見たこともない美しい女が立っているのがみえました。

「とくゆうさんお前さんと見込んでお頼みします。私を向こう岸の坂本まで渡してくだされ。どうぞ、お願い。どうしても今夜行かなければなりませんのや。」そう言って女はシクシクと泣き始めました。そして女は事情を説明し始めました。

「実はわたしはこの世の者ではありません」

「え、なんやて…」その言葉にとくゆうさんも驚きを隠せませんでした。

「明日は私の四十九日、冥土へ旅立たなければなりません。この世に残した子(やや)に一目会いとうて、成仏できずにおりますのや。ややは坂本のお屋敷にとられてあちらで養われております。命を落としてからも何度もお屋敷へ参りましたが、門の扉に魔除けのお札が貼られておって、浅ましいこの身では入れませんのや。ややに会いたい、ただ一目、ややに会いたい…」そう言ってまたシクシクと泣き始めます。

女の身を哀れに思ったとくゆうさんは「行きまひょう、わしがお供させてもらいまひょう。ややに会うてきなはれ。」と言い、女を乗せて元来た水の上を坂本へと漕ぎだしました。さっきまで荒れていた湖は、今は嘘のように静まり返っておりました。

「私は、ややなど作ってはいけない身の上ですが、あれはちょうど1年前の桜の花の咲く時のことでした。私は友のものと花見に出かけたおり、ふとしたことでお偉いお武家様の目に留まり、深い仲になり、ややが生まれました。お武家様もたいそう喜ばれ、私を輿入れする約束をしてくれました。ところがある日のこと、お武家様の家来衆がやってきて、お金を投げ捨て私からややを奪い取って言ってしまいました。私はややを取り戻そうとそこにあった船に飛び乗り、追いかけました。ところが沖に出ると沖風にあおられて荷物もろとも湖の底に沈んでしもうたのです。

この壺は、暗い湖の底から拾い上げて来ました。とくゆうさん、あなたの壺です。お返しします。」すると湖から壺が浮き上がり船に乗せられました。

「そうやったんかいな。2月ほど前、わしの船をひっくり返したのは、あんたやったんかいな。」女の身の上話を聞きながら、とくゆうさんは、ややを奪ったお武家様の罪の深さを思わずにはいられませんでした。やがて坂本の岸辺につき、女ははやる気持ちを抑えるように歩きだしました。とくゆうさんが魔除けのお札を取り払ってやると、女は屋敷へと進入することができ、ようやくややを抱きしめることができました。

「とくゆうさんのお陰で私の思いが遂げられました。なんと言ってお礼を申し上げて良いやら。そろそろ夜明け、願いを叶え安心して冥土へ行くことができます。お世話になりました。それではこれでお別れいたします。」

そう言うと女は消えてなくなりました。とくゆうさんの手元には女が返してくれた壺が残されました。とくゆうさんはこの壺をゆうれいつぼと名付け、親子の絆を大切にするしるしとして、後の代まで残したということです。

 

 

・「実はわたしはこの世の者ではありません。」

ぼくはこの日本むかし話が好きで、本当に何度も何度も動画を見た。どうしてこの物語だけがそんなに好きだったのかはわからない。別に滋賀県に縁があるわけでもないし、琵琶湖に何の思い入れもありはしないのだ。ましてやおじいちゃんが船頭だったというような話もない。しかしぼくはこの物語の虜になっていた。しかし次第に、ぼくはただひとつの言葉に取り憑かれているのだということに気づいた。

「実はわたしはこの世の者ではありません」

この言葉を聞くたびに、ぼくの心はひどく震え、感動し、共鳴した。そしてぼくは気がついた。ぼく自身もこの世の者ではないのだから、この言葉にひどく突き動かされてしまうのだと。

 

・異人(まれびと)について

折口信夫の民俗学の中に「異人(まれびと)」という概念がある。1年に1回祭りの時にだけ、通常の人間世界とは別の異界(常世、根の国、ニライカナイ、魂の故郷)からやってきて、人間の世界に異物としての衝撃を与え、そしてすぐに去って行く異界の住人のことである。異物としての衝撃を与えられた人間の世界は、ただ平穏に過ぎていく平凡で平和な日常の時間を超越した、異なる世界があるのだということを理解し、またその感覚を1年に一度だけ享受することによって、日常という濁り水の淀みを取り払い、新しく新鮮な気持ちで、生きるための時間を清らかに滑らかに流すことができるだろう。

「異人」の祭りは日本各地に満遍なく存在しているようであり、沖縄県の石垣では祭りの際にあんがまーという異人が訪れし、長野県の雪祭りではサイホウという精霊に呼びかけを行い、秋田県にはナマハゲもいる。折口信夫は石垣のあんがまーを見て「異人」の概念を確信を持って確立させていったようである。

「異人」とは幽霊とも、神様とも、精霊とも呼べる、まさにぼくたちから言えば魂の外国人と言えるようなものだろう。「異人」はあの世との通路を開く存在であり、この世とあの世の境界線、橋渡しのような重要な役割を果たしていたものと思われる。まさに日本人の古層の神の原型とも言えるものだろう。そしてその異界へと通じる通路こそが、日本人の宗教的感情の根源にあると考えられる。

 

 

・ぼくは異人(まれびと)そのもの

ぼく自身の生命を振り返ってみると、いつもその根源から、人間に衝撃を与えなければならないという使命感が潜在的にそして恒常的に生み出され続けてきたような気がする。そして平和で平穏で淀んだ濁り水のような浮世、人間の世界に衝撃を与えることで、その濁り水を紀伊山脈の山奥に流れている清流に変換させなければならないと、誰に教えられることもなく強く信じているのだ。

ぼくは折口信夫の「異人」の概念を知った時に衝撃を受けた。まさにぼくの生命は、異人そのものではないかと思ったのである。自分は人間ではなく、人間の世界とは別の世界から訪れたよそ者であり、この人間社会に衝撃を与えることで、淀んだ濁り水の世界を清流へと変え、そしていつしかまた故郷の世界へと帰っていく。それがこの生命に与えられた役割であるというのなら、この浮世で生きづらいのも当然の感覚であると言えよう。

人間は何かひとつ役割を持ってそれを果たすためにこの世に生まれてくるというのは本当だろうか。もしそれが本当ならば、ぼくはこの濁世において、清流を生み出さなければならない。

 

 

・激流

ぼくが紀伊山脈を巡って気づいたことは、ぼくは平野が嫌いだということだ。日本の都会や都というものは、大抵地形的には広い平野に作られる。奈良や、京都や、東京だってそうだ。しかしぼくの根源は、平野を決して求めていない気がする。紀南の紀伊山脈の旅に終わりを告げて、かつての奈良の都の辺りを訪れたとき、そののっぺりとしていてどこまでも広がっている平野を見て、ここはぼくの求める場所ではないと強く感じた。

僕が求めているのは、紀伊山脈のような、起伏の激しく、隆起と沈降を繰り返したような、大きな変化に富む激しく突き動かされた大地である。そこでは清らかな上流の水が激しく水しぶきをあげながら流れており、時には那智の滝のような大いなる位置エネルギーを速度エネルギーに変換させながら雄大な瀑布を描き出す。その激しい水の動き、淀みなく果てしない流れ、常に変化を強いられる激流の世界に、ぼくの根源は怕うせずにはいられない。

激流というものは、淀みを取り払い、常に世界を変化させ、突き動かし、そしてこの世界を新しく生まれ変わらせる。それは縄文か弥生かで言えば明らかに濃厚な縄文の感性だ。ぼくの魂や心も、常に激流をまとっている。自分でも抑えきれない心の激情を楽しみあがら、この濁世を渡って行くほかはない。それがぼくに与えられた生命の色彩の行方だからだ。

平野にいると水の流れははるか弱まり、時には留まり、それは淀み、穢れ、煩わしい蚊が発生している。世界は平野のように、穏やかで和やかで変わらない状態であればあるほど、穢れの速度を加速させていく。しかし人間は平野に住みたがる。これは紀伊山脈を旅してぼくが感じた実感である。人間はほとんどが平野に住み着き、山というものは彼らにとってきわめて住みにくい異界なのだ。それ故に人の世は穢れを増し、苦しみと惑いは増え続けている。

まるで人間として生まれた「異人(まれびと)」となって、膿瘍のような平野に激流を流し込み、そして浄化を働かさなければならないと、そのように信じてしまう魂があるとするならば、おそれることなく果たしてゆけ。

 

 

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