おじさんが頭に可憐な花を飾っていたらおかしいというのは本当か? 〜バリ島の男性が頭に花を飾る理由〜

 

おじさんと花という不可解な関係!

おじさんが頭に可憐な花を飾っていたらおかしいというのは本当か? 〜バリ島の男性が頭に花を飾る理由〜

・花は女性的
・女性が花を身につける理由
・バリ島の美しい花を髪に飾る男性たち
・おじさんが頭に可憐な花を飾っていたらおかしいというのは本当か?

・花は女性的

花というものは、元来男性よりも女性の方が関係が深いように思える。部屋に美しい花を飾るのも女性というイメージがあるし、花飾りを衣装や髪につけて楽しむのもほとんどが女性だろう。プロポーズの際には男性も花屋で花を買うのかもしれないが、それは男性が花を好きだというわけではなく、女性が花を好きだと信じているから女性の気を引くために男性が花を選ぶだけのことである。

男性が花を愛し、男性が花を身につけるというのは、何となくちょっとイメージしにくい。

 

 

・女性が花を身につける理由

けれどどうしてそんなにも女性は花が好きで、飾ったり身につけたりしたがるのだろうか。先日人間が花を美しいと思うのはどうしてかという記事を書いた。結局考えてもよくわからないというのが結論だったが、理由はわからなくても人間は男でも女でも、花を見て美しいと感じることは真実だろう。

人間は宇宙や銀河や星と関係がないというのは本当か? 〜ぼくたちは星のかけら〜

女性は人間の2つの性別のうちでは元来見られる側であり、選ばれる側であり、だからこそ女性は男性と比べてお洒落であり、色鮮やかであり、化粧で自らを飾り立てることをゆるされている。これはアジアの少数民族の村を巡るとより顕著に見られる傾向にあるが、少数民族の伝統的衣装を見ていても、男子のものは地味であまり目立たないが、女性のものは派手で華々しく色鮮やかである。

男がお洒落をしてはいけないというのは本当か? 〜華やかな女性衣装・地味な男性衣装〜

女性が本能的に、また社会的に自らを美しく飾り立てて男性の気を引かなければという使命感に駆られたときに、もしかしたら男女ともに美しいと感じる「花」という存在は、装飾に非常に便利だと感じたのだろうか。花を見て汚いとか下品だとか思う人はあるまい。むしろ美しいイメージ、華やかなイメージ、ポジティブなイメージしかない「花」という魅力的な素材は、確かに自分の魅力を引き立てるための装飾にはうってつけだったのではないだろうか。

美しい花を身にまとうことで、自らの美しさも増幅されるのかもしれない。もしかしたら花を身にまとっていると、花をものすごく美しいと感じた男性が、花が美しいのか女性が美しいのか脳内でとっさに判断がつかずに、誤って女性の方をものすごく美しいと感知してくれるかもしれない。そんな願いが、花には込められているのだろうか。

 

 

・バリ島の美しい花を髪に飾る男性たち

日本の文化的にも自分の経験的にも、花というものは女性的な要素が強く、男性が花を使って自らを美しく飾り立てるなんてなんだか想像できない、そんなイメージが自分の中に存在していたが、そんなイメージを覆される場所が世界には存在していた。インドネシアのバリ島がそれである。

インドネシアのバリ島では、耳の上に色鮮やかな赤色のハイビスカスを乗せて歩いている男性を頻繁に目撃したのだ!男性といってもお洒落に気をつかう多感な若い男性だけではなく、普通のおじさんとかも髪に美しい花を飾っているのでびっくりした!そして実際、ぼくはその文化が大好きで素晴らしいと感じてしまった。

 

 

・おじさんが頭に可憐な花を飾っていたらおかしいというのは本当か?

男性が美しい花で自らを飾ってはいけないなんて誰が決めたのだろう。おじさんが綺麗な花を髪にまとって楽しい気分になって何が悪いのだろう。そんな先入観は、ぼくたちが全く無意味に知らず知らずのうちに植え付けられた思い込みに過ぎない。実際に男性でも美しい花で自らを着飾ってもいいし、おじさんだって綺麗な花に心を躍らせたっていいのだ。そんな当たり前のように聞こえる真実でも、実際に人間の世の中で達成しようとすると難しい。

実際にぼくが美しい花を髪に飾って街中を闊歩していたら、そんなのつけていたらおかしいよとそこらへんのおばさんに注意されるかもしれない。もしもバリ島のようにおじさんが真っ赤な美しいハイビスカスを髪に飾って日本の街を歩いていると、おじさんは何人かの人からその違和感により噂され笑われるに違いない。

それは男性が頭に美しい花をつけているとおかしいという思い込みが全ての人々の中に存在しているからだ。その思い込みや植え付けによって生まれるものは何もなければ得することも何もない。むしろ男性でも髪に美しい花を飾っていいのだとみんなで認め合った方が、おおらかで寛容な世の中になってみんなが生きやすいのではないだろうか。無益な「〜したらおかしい」「〜してはならない」という洗脳が少ない方が、世の中は豊かではないだろうか。何も男性が美しい花を髪に飾ったところで、犯罪が起きることもなければ誰かを傷つけることもないのだ。にもかかわらず、そのような洗脳や違和感は実際に存在している。

無意味に思えてしまう洗脳や違和感は、残るべくして、何か意味があるから未だに存続しているのだろうか。それともまだぼくたちは進化の途中で、これからそれらは消え去る定めにあるものたちだろうか。いずれ淘汰されるための残骸だろうか。

男性が髪を花で飾るなんておかしい、若いならまだしもおじさんが花を身につけることはもっとおかしい、そんな世界中の人々の頭の中にある無意味な思い込みや洗脳が、バリ島の美しい花をまとった男性たちによって打ち砕かれたような気がして、ぼくは嬉しかったのだ。彼らは美しい花をまとうことにより、人間世界で女性的だと見なされている花を男性の肉体に添えることにより、性別という境界線をしなやかに超越した聖なる存在のように感じられた。バリ島はやっぱり神々の多く住むひどく神聖な島なのだ。

美しい花を髪に飾ったおじさんを見ると、最初はちょっと驚くけれど、一瞬でなんて素敵なんだろうと思えた。そのようなおおらかな心が、世界に平和をもたらすのではないだろうか。バリ島では花を髪に飾るのは「お祈りをしたあと」であるという印らしい。なんて素敵な島だろうか。

 

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ