他者や外部からの教育や自己啓発によってしか人間は成長できないというのは本当か? 〜谷山浩子「トマトの森」〜

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ぼくたちは人生に行き詰まった時、外部の知識や教養に助けを求めようとする。

他者や外部からの教育や自己啓発によってしか人間は成長できないというのは本当か? 〜谷山浩子「トマトの森」〜

・人は人生に行き詰まった時につい他人の言葉に縋りついてしまう
・他者や外部からの教育や自己啓発によってしか人間は成長できないというのは本当か?
・自らの根源から訪れる苦しみの問題は、やがてあなたを導く羅針盤へと変わるだろう
・谷山浩子「トマトの森」

・人は人生に行き詰まった時につい他人の言葉に縋りついてしまう

ぼくたちは人生でうまくいかない時、人生につまづいたとき、人生に行き詰まった時に、自分が今何をすべきかわからず、どうしていいかわからずに戸惑い、うろたえる。そして何かいい答えがありはしないかと藁をもすがる思いで本屋さんへ立ち寄り、カリスマ営業者の自己啓発本や歴史上の偉人の名言集などを読み漁ったりしてしまう。社会で成功した実績のある人の言葉の中には、今の自分の悪い状況に当てはまり、今の自分を救い出してくれる含蓄のある名言でもあるのではないかと微かに期待してしまうからだ。

また自分の尊敬する偉大なアーティストの音楽作品などを鑑賞したりして、まさに今の自分のことを歌っているような箇所を探し当て、自分自身を音楽作品の中の人物に投影し、自分のこれからの行く先を模索したり励まされたりする。

人は自分の人生に行き詰まった時、自分が弱いと感じた時、自分が失敗したと感じた時、自分よりも偉いと感じる人、自分よりも上の位置にいる人、自分よりも成功している人の姿勢を模倣し、成功者の名言にすがりつき、なんとか今の自分を立て直そうと必死になることは当然の成り行きと言えるだろう。実際にそれ以外、どうしていいのかわからずに果てしなく戸惑うばかりである。

 

 

・他者や外部からの教育や自己啓発によってしか人間は成長できないというのは本当か?

しかし藁にもすがる思いで成功者の名言や格言や自己啓発を読み漁ってみたとしても、本当にそれで救われる人が果たしてどれほどいるだろうか。確かに一時的に励まされたり、一時的にやる気を出すのには効果があるのかもしれないが、自分の人生が行き詰まっている理由が自分自身の中に隠されている以上、他人の言葉の中にその状況の突破口を見出そうという方が無理があるのではないだろうか。

他人の名言や自己啓発の言葉を自分自身に当てはめようと頑張ってみても、結局他人は他人であり、自分のことを語ってくれているわけでは決してなく、自分の問題が自分の根源から湧き起こっているものである以上、それは自分の中の経験や感性を熟成させた自らに根を張る思想で解決しなければ、どうにもならないことが次第にわかって来ることだろう。金を払って他人から気軽にもらった言葉で解決できるような問題であるならば、はじめからそんなに悩まないのではないだろうか。

 

 

・自らの根源から訪れる苦しみの問題は、やがてあなたを導く羅針盤へと変わるだろう

自らの根源に根ざす問題、それは自分の運命に関わる問題、自分の生まれながらの定めに支配された重要な問題だ。それはぼくたちに苦しみを果てしなく与え続けるように見せかけて、実はその傷を負った先に立ち現れる、生命の羅針盤の化身かもしれない。

自らの神聖な問題を、耳障りのよい他人の軽率な言葉によって穢すべきではないだろう。ぼくたちは自らの神聖な問題を大切に孤独に抱きかかえながら、いつかその闇を突き抜けた先に注がれる美しい光のために、ただひたすらに自らの感性を成熟させる修行を人生の中で怠らないようにすべきではないだろうか。

 

 

・谷山浩子「トマトの森」

ここから君の今日がはじまるよ
世界が生まれるここは不思議な場所
降り注ぐ朝の日や風や雨に
育まれ鮮やかに色づくまで

おはよう ここはトマトの森です
おはよう ここはトマトの森です

君を本当に育てる力は
君のいのちの中に隠れているんだ

ぼくは谷山浩子の「トマトの森」という爽やかな名曲の中の、“君を本当に育てる力は
君のいのちの中に隠れているんだ”
という不思議で力強い歌詞が大好きで、いつまでも繰り返しこの曲を聴いてしまう。

 

 

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