母親が人間であるというのは本当か? 〜女性の神性・男性の俗性〜

 

ぼくたちは小さな頃から教えられる。ぼくたちはお母さんのお腹の中から生まれて来たのだよと。

母親が人間であるというのは本当か?

・お母さんの神性
・お父さんの俗性
・新しい神話
・自作詩「女神」

・お母さんの神性

子供たちにとって、命というものは大人よりも不思議で神聖な重みを帯びている。自らの命がどこから来たかということに、ただならぬ興味を抱いている。そんな純粋で清らかな時代の中で、ぼくたちは大人から神話を聞かされる。「あなたはお母さんのお腹の中から生まれて来たのよ」と。

それ以上もそれ以下も教えられない。本来ならな命を授かるということは、お父さんがとても重要な役割を担うわけであるが、お父さんというものはその神話から排除される。それはあまりに生々しい動物的行動だからだ。子供を人間らしく仕上げなければならない、自らが動物であるという予感を退けなければならないという思いが、子を持つ親には潜在的にあるのかもしれない。

子供に聞かせる命の誕生の神話は、いつだってお母さんが主人公だ。なぜかはわからないがお母さんのお腹の中に生命が誕生し、お腹の中で長い間その命を大切に育み、そしてやがてお腹の中から、お母さんがとても痛い思いをして子供の命がこの世に生まれくるのだ。

それを小さい頃から繰り返し聞かされてきた子供たちは直感的に確信する。お母さんとは神様なのだ。この自分の生命を誕生させてくれた女が、神様でないはずがない。それはまさしく生命の創造主の女神の姿であり、その創造主がいなければここでこうして息をすることもできない、笑うこともできない、食べることもできない、何をすることもできないのだ。この命のすべてはこのお母さんという神様から与えられたからこそ存在するものであり、この目に映る美しい景色も、耳に鳴り響く楽しげな音色も、懐かしい気持ちのする香りも、そのすべての現象さえ彼女ゆえなのだ。もちろん子供たちは言葉に出してそのように表現したりしない。それは直感でありたしかな予感なのだ。そしてその直感から、年をとったからとて逃れられるはずはない。子供時代というのはその人間の根幹となる時期だ。その時代に神様と信仰していた女性を、一生かけて信仰しない心があるだろうか。

ぼくは思うのだが、お母さんを大切にする気持ちは当然ではないだろうか。大人になった男がお母さんを大切にすると、なにやらマザコンとか言って毛嫌いされる風習があるようだが、その風習こそおかしなことだと感じてならない。あらゆる人類にとって、お母さんはただの人間ではなく神様なのだ。そのような直感を逃れられない運命を持ったぼくたちが、いくつになってもお母さんを大切に思う気持ちを保ち続けることは至極自然なことである。

 

 

・お父さんの俗性

それに対して不憫なのはお父さんだ。お父さんは子供の頃に聞かされる生命誕生の神話には出てこない。「お母さんとお父さんが仲良くしていたら子供ができる」などと曖昧な説明を加えられることもあるが、そのようなぼんやりとした表現ではまったく子供の心に響かないだろう。そしてその部分は決して大人から強調されることはないのだ。

ぼくは幼い頃、どうしてお父さんはお父さんなのだろうとずっと思っていた。お母さんがお母さんの理由は絶対的にわかっている。あの人のお腹からぼくの生命が生まれて来たのだから、彼女がお母さんなのだ。それに比べてこのお母さんのそばにいる役割不明な男性はなんだろう。この男の人がどういういきさつでぼくの生命と関係を持って一緒に家の中に暮らしているのかまったく見当もつかなかったのだ。

それもすべて、生命の誕生の神話にお父さんが出てこないゆえである。ぼくは、このお父さんという存在はよくわからないけれどとりあえず一緒に暮らしている家族という仲間なのだということはわかっていても、ぼくの生命と何ら関係がないのだから、代替可能な人物であるとさえ思っていたのだ。別にこの男性でなくても、他の適当な男性をそこらへんの道でつかまえてきて一緒に暮らしたならばそれがお父さんになるのだろうと信じていた。なぜなら男性と子供の間にある生命の深い関係を子供はまったく教えられないからである。

今となって考えてみればとても申し訳ない考え方だが、子供時代の神話にお父さんが出てこなかったので仕方のないことだろう。そしてその感覚は、お母さんのときと同様、大人になって生命誕生の動物的な真実を知ったあとでさえ、きちんと消去されるかは知れない。

 

 

・新しい神話

ぼくは思うのだが、子供に聞かせる生命誕生の神話に何かしら無理にでももっとお父さんを絡めた方がよいのではないだろうか。お母さんは神様になれるのに、お父さんが無為な存在となるのではいたたまれない。これというのも、子供を作る際に、男性は快楽しか得ないのに女性は生みの多大なる苦しみや痛みを受けることの代償とでも言うのだろうか。

しかしたしかにお父さんを神話の中に出そうとしても、どのように登場させたらいいのかいまいちよくわからない。なにかそういう本や童話など世界にひとつくらいありそうなものだが、もしご存知の方がいらっしゃればご教授願いたい。

 

 

・自作詩「女神」

おかあさーん
おかあさーん

心の奥に住む少年が
ひたすらに呼び続けている

おかあさーん
おかあさーん

彼の媒介としてぼくは彼の言葉を
外界へ投げかけてみる

ぼくのことを生み出した女
まるで神のような女だ

けれどお母さんはもういない
とても似ている少し老いた女なら
山の間の町で働いているけれど

少年は呼び続けている
本当のお母さんをさがし続けている

見失ってしまうなんてありえない

男性も女性も備えぬ時代の少年の中で
母親がどれほど彼にとってのすべてだろうか

美しく健やかで万能
時の流れさえ彼女は止めてしまうだろう

それなのに少年は
時流の彼方に女神を見失う

万能を携えたはずの化身が
時によって押し流されてしまう

少年はまだ
それを信じることができない

なぜならば少年自身が
時を支配し止めているのだから

自分だけの時が止まることは
悲しいことだと後になって気が付く

誰もが同じ時流の渦に巻き込まれたならば
お互いの距離を同じに保てるのに
そうしていつまでも
手をつないで歩いていけるのに

もっとも尊い女神を失うのなら
時間を流していればよかった

あらゆるものは時間に身を任せ
真空の中の少年だけが 時のままに孤独になる

 

 

 

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