レジ袋有料化なのにレジ袋くれたおばちゃん!法律を破る人は悪人であるというのは本当か?

 

レジ袋有料化なのに無料でレジ袋くれた!!!!!

レジ袋有料化なのにレジ袋くれたおばちゃん!法律を破る人は悪人であるというのは本当か?

・レジ袋有料化の政策により、ぼくたちの生活の質は格段に下がった
・レジ袋有料化の義務は「容器包装リサイクル法」で決まっている
・鳥取県皆生温泉のスーパーマーケットに通い続けた日々
・法律を破る人は悪人であるというのは本当か?
・法律を作る人間が悪人だった場合、犯罪者は善き者となり得る

・レジ袋有料化の政策により、ぼくたちの生活の質は格段に下がった

レジ袋有料化の政策により、スーパーマーケットのみならずコンビニやお土産やさんでもレジ袋を無料でくれなくなり、ぼくたちの生活の質は格段に下がった。

レジ袋を有料化してもいいというのは本当か?

しかし有料化が義務付けられたにも関わらず、プラスチック袋の成分を工夫してこれまで通り無料でレジ袋を配布している北海道のセイコーマートというコンビニのような素晴らしいお店も少ないながら存在している。かと思えば義務付けられたのはプラスチックの袋の有料化だけなのに、ここぞとばかりに義務化されていない紙袋まで便乗で有料化しているようなユニクロなどの悪質な企業も存在する。そのお店が消費者の気持ちに寄り添える善良な会社なのか、消費者に無根拠で意味不明に負担を強いるようなくだらない会社なのか、レジ袋有料化は判断するためのよいリトマス紙になるのではないだろうか。

 

 

・レジ袋有料化の義務は「容器包装リサイクル法」で決まっている

レジ袋有料化の義務は、「容器包装リサイクル法」の改定が元になっているらしい。法律で決まってしまったのだからお店側だって従わざるを得ないだろう。法律を破る者は犯罪者と呼ばれ、それは世の中では悪人の代名詞とも見なされている。法律を破る者は犯罪者であり、世の中の秩序を乱す憎むべき悪人なのだ。

 

・鳥取県皆生温泉のスーパーマーケットに通い続けた日々

「日本海沿いを北上する旅」の途中で、ぼくは鳥取県の皆生温泉に立ち寄った。オンライン上で鳥取県の宿泊クーポンが配布されていたので、お得に宿に泊まれることがそこへ立ち寄った理由だった。皆生温泉でぼくは4泊し、お昼は外食で地元の美味しいしいものを食べ、夜はスーパーマーケットで安いお弁当などを買って節約生活していた。

スーパーマーケットはレジ袋有料化の影響により、当然お弁当を買ってもレジ袋をくれなかった。レジ袋なしで、お弁当の中身が崩れないように両手で持ちながら宿へと帰っていくのはなんとも不便なもので、ぼくは帰り道においてレジ袋有料化のくだらなさを嘆いていた。

そのスーパーマーケットには合計3日間通ったのだが、最初の2日間は当然レジ袋をくれなかったものの、最後の日だけはなぜかレジ袋を無料でつけてくれたので驚いた!レシートを見てもレジ袋代は記載されていない。え、レジのおばちゃん間違ったのかなと一瞬思ったが、別に「おばちゃんあなたレジ袋有料化されたのにぼくにレジ袋無料で渡していいと思ってるんですか?!」などと責める理由も見当たず、ありがたく受け取った。帰り道、レジ袋があるということはなんと便利なものだとそのありがたみを噛み締めていた。このような便利で手軽なものが、国家や法律によって理不尽に奪い取られたことが信じられない気持ちでいっぱいだった。

 

 

・法律を破る人は悪人であるというのは本当か?

あのスーパーのレジのおばちゃんは、なぜぼくにレジ袋をくれたのだろうか。おそらくレジ袋有料化が導入されたばかりでまだ慣れておらず、思わず今までの習慣通りに無料でぼくに間違ってレジ袋を渡しただけに過ぎないのだろう。しかしレジ袋有料化が「容器包装リサイクル法」によって定められている以上、無料でぼくにレジ袋を渡したあのおばちゃんは法律を破った犯罪者だ。犯罪者というのは社会の秩序を乱す悪人だと世の中では見なされる。

しかしぼくにはあのスーパーのおばちゃんが、悪人どころか全く真逆の神聖な人物に映った。よくよく考えてみれば、目の前でお弁当を買って帰る人がいたら、不便だろうからレジ袋でも持って帰りなさいと優しく思ってしまうのが人間の自然な優しい心であり慈悲の心ではないだろうか。それに引き換え目の前の人がお弁当を買ったにも関わらず、あんたには袋はやらんから素手で持って帰れと冷たく言い放ってしまうような人間の方が、人としての当然の心を欠いているのではないだろうか。

もしかしたらおばちゃんは自ら法律を破る犯罪者となって犠牲を負う代わりに、お弁当を買って持って帰ろうとしているぼくに、不便そうだからと慈悲の心でレジ袋を与えてくれたのかもしれない。おばちゃんは法律を破ったのだから犯罪者だ。しかし法律を破ったにも関わらず、その人は悪人では決してなく、むしろ真逆の慈悲の心をもった恵みの人だったのだ。

 

 

・法律を作る人間が悪人だった場合、犯罪者は善き者となり得る

法律を破った人は悪人だと世間では決定的に見なされる。しかしいつの場合も絶対にそうなのだろうか。法律を破った人は”犯罪者”であることに間違いはない。けれどそれは、人間として悪質であるということまで意味しないのではないだろか。スーパーのおばちゃんを見ながらぼくはそんなことを思った。

法律を破っても人々に恵みを与える素晴らしい聖人のような人も、この世にはいるのではないだろうか。むしろおかしな癒着や権力にまみれて、自分に都合のよい法律ばかりを作り上げるような人間たちこそ、愚かな悪人の場合もあるのではないだろうか。

法律を破ってしまえば悪人だと思い込みすぎると、その法律を作った人間たちが愚かで悪質だった場合に矛盾が生じる。法律を作った人間たちが神聖な善意に満ち溢れているのならば、法律を破った犯罪者は悪人になる傾向が強いだろうが、もしも法律を作った権力者たちが愚鈍で自らの利益ばかりを考える悪人だった場合に、法律を破る者たちは逆に正しい人となってしまう可能性も残されているはずである。

 

 

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