罪を犯してはいけないというのは本当か? 〜他人とは自分の鏡面〜

 

「どうして人を殺してはいけないのですか?」

罪を犯してはいけないというのは本当か? 〜他人とは自分の鏡面〜

・「どうして人を殺してはいけないのですか?」
・自分ではない人間はすべて他人という孤独な運命
・他人は自分の反映であり鏡面
・犯罪を犯してはならない理由は自らの心を清めるため
・罪を犯さなければ生きられない者たちへ

・「どうして人を殺してはいけないのですか?」

「悪いことをしてはいけない」「犯罪を犯してはならない」

そんなことは当たり前のように、ぼくたちは幼い頃から親や血縁や先生から教え込まれる。嘘をついてはいけない、ものを盗んではいけない、人を殺してはいけない。至極当然のように思われるこれらの善良な教えも、ではなぜダメなのですかと問われると、答えに窮する場面も多々ある。

なぜ嘘をついてはいけないのだろう。なぜものを盗んではならないのだろう。どうして人を殺してはいけないのだろう。様々な論理を上手に構築することは可能だろうが、それでもなぜか、なぜかと究極的に問われ続けた際には、ぼくたち人間は答えを用意できないのではないだろうか。

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五木寛之さんの著書「百寺巡礼」の海外版では、日本で子供が純粋に「どうして人を殺してはいけないの?」と大人に質問した際に、大人や日本社会はきちんとした答えを子供のために用意できないまま、あやふやなままでただいたずらに時が過ぎ去ってしまったことを気にかけ、わざわざブータンや韓国の高僧に「子供になぜ人を殺してはならないのかと聞かれたら、あなたならどのように答えますか」と質問するような旅の形式をとっていた。

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異国の宗教観念によって答えを導き出そうと五木寛之さんが努力してしまうほど、「なぜ人を殺してはならないのか」という子供の質問は究極的な答えを用意することが難しく、また人間にとって根本的な問題だったと言えるだろう。

 

・自分ではない人間はすべて他人という孤独な運命

ぼくたちはたくさんの他人と一緒に世の中を生きている。自分以外は、すべてが他人だ。ぼくたちは自分というただひとりの孤独な存在を請け負って、すべての他人と対峙していくことが人生だることを知っている。なんと究極的に孤独な運命だろうか。

他人の思いに寄り添うことはできるけれど、完全に理解することは不可能だ。他人の考えを予測することはできるけれど、他人の考えをすべてわかる人などいない。ぼくたちがただ唯一確実に感受できるものがあるといたならば、それは”自分の”思いであり、”自分の”考えだ。

 

 

・他人は自分の反映であり鏡面

他人が他人である限り、他人が自分ではない限り、その心のうちなどわかるはずもないし、その考えをきちんと理解することもできない。しかし自分以外はすべて他人なのだから、あらゆる他人とともに人生を歩んでいかなければならないのだから、人間は他人の心を予想し、他人の考えを可能な限り理解しようと努力する。

他人の心を予想するのに、最も参考になるものは何か。他人の考えを理解するのに、最もわかりやすい目印は何か。それは「自分の心」である。ただ唯一確実に感受することをゆるされた、自分自身の心に他ならない。

他人の考えていることなど、他人なのだからわかるはずもない。けれど理解してみようと試みるときに、人は自分の心を参考にする。いつも自分はこのように考えるから、この他人というものもきっとこのように考えるのだろう。いつも自分はこういうときに悲しみを覚えてしまうから、この他人というものも今悲しい思いをしているに違いない。

自分の心というものを手掛かりに、他人の心を手繰り寄せるしかないぼくたちの運命。ぼくたちの脳内のあらゆる”他人”像は、実は自らの感性を根として発現したものばかりであり、ぼくたちの中の”他人”はすべて”自分”である。他人とは、自分自身の反映であり、鏡面だったのだ。

 

 

・犯罪を犯してはならない理由は自らの心を清めるため

犯罪を犯してはならないというのは、実は自分自身が苦しまないためではないだろうか。自分を罪から遠ざけ清らかな地点に置くことによって、他人すら罪から遠くに置くことができ、他人を信じることができ、それゆえに清らかな人生を歩めるという示唆ではないだろうか。

自分が昔お金をこっそり盗んだ罪の経験があれば、自分もそうだったのだから他人もそのような悪の意識を持っているに違いないと、自分の悪を他人の内部に反映させ、人間は悪者だと決めつけて怯えてしまう。人間というものはお金を盗む性質があるのだから気をつけなければならないと必要以上に恐れ、無駄に人を疑うオロオロとした人間に成り果ててしまう。

自分がいつも嘘をついて、全然よくないものでも「それっていいですね〜〜〜!」とお世辞を言ってしまうから、他人に「それいいですね」と心から褒められていたとしても、人間というものは嘘をつくものなのだから、こいつも本心から言っているのかわかったもんじゃないと、無駄に他人の善意をないがしろにしてしまう。

”疑い深い”人間というものは怪しいものだ。それはただの性格ではなく、他人へと悪を反映させることのできる、悪の意識の結晶である可能性が高い。

 

 

・罪を犯さなければ生きられない者たちへ

嘘をつかなけらば生きられない人生が必ずある。罪を犯さなければ生き延びられなかった生命があらゆる世界に潜んでいる。罪は法律で裁けるような浅はかな次元にはなく、遠い異国の神から知らぬ間に投げかけられたような深遠さにたじろぐ。

罪を犯した心たちを責め立てるように迫り来る悪意の津波。罪を犯さなければ生きられない清らかな心たちが滅ぼされてゆく。粉々に砕け散り、天空に舞い上がり、やがては宇宙の光となって消える。

もう何も語る必要なんてない。もう悪意にさらされることなんてない。すべての心に悪は巣食い、すべての心に罪は宿った。

正しいと言われているものほど気をつけなさい。常識だと教え込まれたものを疑いなさい。多いから素晴らしいのだと感じる心を自ら砕きなさい。悪意はそれらから無尽蔵に生まれくる世界の仕組みを知りなさい。ただぼんやりと降り注ぐ光を待つ自分を恥じなさい。

あまりに優しい心たちが救われることのない運命の中で、あなたの歌を聞いているものがいる。いないと耳を塞いでも、凍りついた心を包み込む青色がやがてあなたに訪れる。

 

 

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