無知で不安定な精神を狙え!流行はゲイ、女子高生、世間の順に広まっていくというのは本当か?

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Sex and the City「流行はゲイ、女子高生、世間の順に広まっていく」?!

無知で不安定な精神を狙え!流行はゲイ、女子高生、世間の順に広まっていくというのは本当か?

・流行はゲイ、女子高生、世間の順に広まっていくというのは本当か?
・人間の意見や価値観は年をとるほどに固定化される
・流行を狙うならものを知らない無知で不安定な人間へと植えつけろ
・不安的な魂たちに火をつけ流行は世間へ爆発する

・流行はゲイ、女子高生、世間の順に広まっていくというのは本当か?

昔ネイティブの英語を聞きたいと思っていろいろなアメリカのドラマを見ていた時「Sex and the City」というドラマで流行について面白い言及があった。サマンサという女性が、恋人のスミスの知名度を上げるためにスミスを流行の俳優にしようと画策する。彼女の思惑通りにスミスは流行の俳優になっていくのだが、世間で流行になっていく順番というものが興味深かった。彼女が言うには流行というのは、まずゲイの間で流行り、次に女子高生の中で流行り、やがて世間へと浸透していくのだというのだった。

ぼくはそれを見ていて、ふーん流行っていうのはそういうものなのかと当時は軽く聞き流していたが、果たしてこれって本当のことなのだろうか。本当だとしたら、なんでゲイとか女子高生から、世間の流行へと浸透していくのだろう。どうしておじさんや、男子高校生ではないのだろうと疑問に思ったのだ。

 

・人間の意見や価値観は年をとるほどに固定化される

ぼくが今まで生きてきて様々な人間と接してきて思ったことは、人間というのは年をとるごとに感受性が凝り固まり新しいものを受け入れにくくなる傾向があるのではないかということだ。それはある意味当然のことで、10代や20代の若いうちに様々な種類のものに手を出し、柔軟な心を持って色々なことに挑戦したり経験したり吸収したりして、その中で自分が好きなものと嫌いなものを選別し、自分はこういうのが本当に好きなのだとわかっていく過程は、人間の成長として誰にでも見受けられる成り行きだろう。

そして年をとるごとに「自分はこれが好きなのだ」という意見が固まっていき、次第にその意見が動かなくなり、世界から新しいものを取り入れることなく「自分はこれが好きなのだ」という自分の中の凝り固まった思い込みの世界を生きていくようになる。もしかしたら年齢を重ねるごとに好きなものも変わっていっているのかもしれないのに、若い頃に吸収したものやその中で選別して好きだと感じたものだけを一生大切に抱えながら、人間は生きていきがちになる。特に音楽や映画や好きな芸能人などの趣味嗜好に関しては、この傾向が強いのではないだろうか。

 

 

・流行を狙うならものを知らない無知で不安定な人間へと植えつけろ

流行を生み出したいと思うなら、そのような感受性の凝り固まった大人たちをターゲットにしても意味がないだろう。彼らは世界の新しいものを取り入れようとする姿勢も気概も、もはや持ち合わせていないからだ。おじさんやおばさん、おじいさんやおばあさんから流行が生まれるという話はほとんど聞かない(そんな事例もどこかにあるのだろうか)。心が凝り固まっているということは新しいものを取り入れるだけの心の余白を持たずに新鮮で新しい価値観を自分の中に生み出すことができないという欠点もあるが、小賢しく仕掛けられる流行というものに惑わされることなく、無駄に消費させられることもなく、すでに出来上がった世界で心を安定して暮らせるという利点もあるだろう。

もしも流行を生み出そうと仕掛けるならば、新しいものに恐れなく飛び込んでいってしまうような感受性が高く精神が不安定な種類の人間がいいだろう。教養も知識もなく、無知で、愚鈍で、それゆえに確立した自分の価値観を持っていないフワフワした人間ならなお一層いいかもしれない。膨大なエネルギーを持て余しその消費先を求めて心が彷徨っているという点も重要だ。それに最も当てはまる傾向にあるのが、中学生や高校生なのではないだろうか。

例えば巨大権力がK-POPを流行らせたいと画策しても、韓国と日本の関係性や歴史についての知識や教養をきちんと持っていたり、韓国に対する固定した思想を持っていたりするおじさんやおじいさんにK-POPを植え付けようとしても無駄なことは明らかだろう。歴史や事実を知っていればいるほど、日本人は韓国を嫌いになる傾向があるからだ。K-POPを流行らせたいならば日本の中でもものを知らぬ人間たち、無知なものたち、まだ固定した思想を持たぬ者たち、すなわち中学生や高校生やそれ以下の子供たちにK-POPを洗脳するのが最もよいやり方だろう。実際に今の日本の状況もそのようなものかもしれない。

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先ほども書いたが、若い頃に好きになったもの、若い頃に植え付けられたものは一生嫌いになりにくい。若い頃に好きになったものを人は一生大切に心に閉まっておく習性がある。もしかしたらこれからの日本は今までのように韓国を嫌いになる人は減り、子供の頃にK-POPを植え付けられたことを理由に韓国を嫌いにならない人が増えていくのかもしれない。これがもしも韓国の日本に対する思想的作戦だとしたなら、かなり練られた長期的な作戦だと感心せざるを得ない。K-POPは韓国の国策であるという。しかしその先には一体どんな狙いがあるのだろうか。日本人はその作戦にまんまとお人好しに思考停止して乗せられていてもいいのだろうか。もしも単純に韓国が日本と仲良くしたいという純粋な気持ちであるならばいいことだが、今までの一連の様子を見ていてそう思うことは可能だろうか。

 

 

・不安的な魂たちに火をつけ流行は世間へ爆発する

このように思考すれば流行は中学生や高校生へと植え付けるべきだというのは何となくわかるが、ではなぜドラマの中でサマンサは”女子高生”と言ったのだろう。男子高生よりも女子高生の方が流行を生み出す力が高いのだろうか。しかしなんとなくそれもわかるような気がする。あくまでも感覚でしかないが、男子校生の場合はお互いに群れることは群れるが一応精神が独立しているというか、そんなベタベタしていない割とさっぱりした印象がある。それに比べて女子高生の方が群の中での結びつきが強く、精神的に依存し合い、精神が癒着しているようなイメージだ。それゆえに趣味嗜好を共有し合い、広げるという作用が男子よりもはるかに強力に働くのではないだろうか。

では流行の最初がゲイだというのはどうしてだろうか。予想でしかないが、やはり精神が固定しにくいからではないだろうか。誰もが当たり前だと感じる恋愛を経験し、普通に結婚し、普通に子供を作り、普通に働き、普通に老後となり、そのような普通の軌道の上を走る人生は安定していて心地いいのでこれでいいのだと満足し、思考停止し、心が固着し思想も柔軟性をなくしやすい。その一方でその軌道に乗れない者たちは決して安定せず、不安定な精神を保ちながら敏感な感受性を発揮させ、いつまでも新しいものを吸収し続けるパワーを持っているのかもしれない。どんなに年をとって権力を得ても柔軟な心を持つという種類の人々は稀であり、それゆえに重宝される流行の発信源なのかもしれない。

流行を生み出そうと企む者たちは、このように不安定で固定されない無知な精神たちに狙いを定めてくる。そこで流行の炎が発火してしまえばそれはもはや自然災害のように止める術もなく、やがては固定された精神を持つ世間をも巻き込んで流行は爆発するだろう。それを止めることは誰にもできないがぼくが思うのは、流行に乗っかるなら乗っかるで、その流行が本当に時を超えて価値を示すものなのかを見極める必要があるということだ。その流行は10年後も誇れるものだろうか、その流行は100年後の人々にさえ美しいと思われるだろうか、その答えがNOであるなら、ぼくは乗っかる気にならない。

 

 

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