エビデンスによれば世界はよくなり続けていると言うけれど…。

昔はよかったのに改悪ばかり!世界は段々よくなり続けているというのは本当か?
・オルカンは未来で世界がよくなっていくことに賭ける投資
・「昔はよかった」北海道知床半島の旅の事例
・「昔はよかった」レジ袋の事例
・「昔はよかった」インターネット動画サービスの事例
・旅は若いうちにした方がいいというのは本当か?
目次
・オルカンは未来で世界がよくなっていくことに賭ける投資

資産形成としてインデックス投資を行うにおいて、リスクを回避するためになるべく資金を分散をさせた方がいいという観点に則り、世界中の国の企業に幅広く投資できるオルカン、すなわちemaxis slim 全世界株式(オール・カントリー)を積み立てで購入し続けるのが最適解だという考え方は、もはや世間の常識となっているようだ。長期投資を目指すのであれば未来になればなるほど、どの国が栄えてどの国が没落するのか予測することは到底困難になってくるので、ある特定の国に集中投資するわけではなく世界中の国々に満遍なく投資できるオルカンを所有していれば、どこかの国が落ちぶれても代わりにどこかの栄えた国がカバーしてくれるので安心というわけだ。
未来で何が起こるのかぼくたち人間には全くわからなけれど、衰退していく国もあればあれば繁栄していく国もあり、しかし全体的に見てみれば世界はよりよく豊かになって経済も成長していくと信じる心の上に、オルカンは成り立っている。世界の動向をエビデンス(証拠)を元に紹介していくFACTFULLNESSという本には、実際に世界が過去に比べてどんどんよくなっていることがデータと共に解説されている。その具体的な例とは世界における乳幼児死亡率の低下、天然痘の根絶、災害による死者数の減少、オゾン層破壊物質の減少、大気汚染の原因になる二酸化硫黄の減少、穀物生産量の増加、化学論文の数の増加などで、人類の営みや経済活動によって世界がどんどんよくなり続けていることが示されている。
なるほどこのように明らかなエビデンスに基づいたデータを見せられるとぐうの音も出なくなり、世界はよくなり続けているのだと納得せざるを得ないだろう。
・「昔はよかった」北海道知床半島の旅の事例

しかしエビデンスに基づいたデータとは別に、自分たちが実際にこの世界で生きてきて、世界が確実によくなっていると実感することは果たして可能なのだろうか。世界がよくなってきていると感じられるということは、「昔はよかった」と真逆の感情だと言えるだろう。しかし実際の世の中を見渡すと「昔はよかった」と言っている人があまりにも多すぎる。
「昔はよかった」と最近頻繁に聞いたのは、北海道一周・車中泊の旅の途上だった。ぼくのように自家用車で北海道一周の旅をしている人は沢山おり、そのほとんどが定年退職後のおじさんたちだった。ぼくはそのようなおじさんたちと仲良くなり会話する機会も多かったが、彼らがよく口にするのは「昔の北海道はよかった。今は変わってしまったよ」という言葉だった。彼らが若い大学生の時には北海道を一周することが流行っており、昔の北海道を今の北海道を無意識に比べてしまうようだ。印象的だったのはまだ世界遺産ではなかった昔の知床半島は規制もなく、入場料もなく、秘境に足を踏み入れるような冒険感があったのに、今は何もかも管理されていて、お金を請求されるし、あの頃のよさが消えてしまったということだった。
確かにぼくがここ数年で知床半島に通うだけでも、以前は自由に入れたカムイワッカ湯の滝がオンラインの予約制になっていたり、無料だったのにお金を取られるようになっていたりして、規制が厳しくなり旅行者にとっては「悪くなった」という感想を抱かざるを得ないだろう。ぼくが4年前に訪れた際にはここまでしか登ってはならないと定められていたが、おじさんたちによると昔は自由にどこまでも登っていくことができ、存分に滝の温泉を満喫することができたのだという。若いぼくでさえこのように「悪くなった」という感情を与えられてしまうのだから、はるか遠い昔に来たことのあるおじさんたちはもっと強烈な違和感を覚えても不思議でなないだろう。
また北海道に限らずとも2022年に訪れた際には無料だったトルコ・イスタンブールのアヤソフィアが2025年の今では何と25ユーロも取られたり、2024年のアフリカ縦断の旅の途中で訪れたナミビアは日本人はビザが必要なかったのに今ではお金を払ってビザを取得する手間がかかったりして、短期間の間でも「旅がしにくくなっている」「悪くなった」と感じることは多々ある。プライオリティ・パスもクレジットカードも改悪続きだ。逆に有料だったものが無料になったり、お得になったという話は全く聞かないから、世界は旅しにくく、旅人にとっては徐々に世界は悪くなってきているのだろう。これは世界的なインフレや物価高が続くと、人は世界が悪くなっていると感じてしまうという典型例だろうか。「改悪」という言葉が日常会話で使われるようになるほど、世界全体が改悪を重ね続けている。
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・「昔はよかった」レジ袋の事例

北海道を旅しているとコンビニでレジ袋をもらえることに感動してしまう。なぜなら北海道で繁盛している地方コンビニのセイコーマートは、今でもレジ袋無料だからだ。これこそ典型的な「昔はよかったのに」現象だろう。
コンビニで無料のレジ袋がもらえることなんて、昔は当たり前のサービスだったのに、今となっては北海道で感動してしまうくらい珍しいものとなってしまった。レジ袋が有料になり生活が不便になったということは、誰も疑いの余地がない事実だろう。レジ袋は家のゴミ箱に設置する袋として合理的に再利用できる価値ある存在だったのに、それもできなくなったことでさらに生活の不便さを加速させた。また義務化されたのはプラスチックのレジ袋だけなのに、なぜが便乗して紙袋まで有料となり人々の生活はますます不便になるばかりだ。
レジ袋を有料化するだけで苦労なく利益を得られることに企業が気付いたので、便乗が相次いだのかもしれない。腹立たしいのはレジ袋を有料化させることで客の生活を不便にさせ、客を不幸な気持ちにさせ、客から余計なお金をむしり取ろうと画策しているにも関わらず、客のことを考えていない店側は「環境問題を解決するたの」レジ袋有料化だとして、自分の欲張りな行為をふんぞり返って正当化できてしまうところにある。
もしかしたら研究によってレジ袋有料化が環境問題を改善しているというエビデンスがあるのかもしれないが、そんなものがあろうがなかろうが、ぼくたちが実際に生きていく上で生活が不便になり悪くなったと感じてしまうのは事実であり、避けられようもない心情である。
・「昔はよかった」インターネット動画サービスの事例

若いぼくでも最も「昔はよかった」と感じてしまうのは、インターネット上の動画サービスだ。動画サービスが始まったばかりの昔の時代は、インターネット上で何でも気楽に見られてとても楽しかったのを覚えている。特に思い出深いのはニコニコ動画でドラえもんの映画を見たことだ。今となっては絶対に考えられないが、当時はニコニコ動画にドラえもんの映画のフルが普通に落ちており、それを見ながらコメントが流れてくるのを見ると、一人で見ていても知らない人々と”みんなで”一緒に見ているような感覚になって面白かった。あのような種類の不思議な一体感は、時代の流れと共にもはや味わえなくなってしまったに違いない。
あの頃はYouTubeにも色んな動画が落ちていたし、広告なんて一切なかったのが快適だった。元々は広告なんて流れていなかったのに、今となっては広告を消すために月額料金まで支払わなくてはならないというのだから馬鹿馬鹿しいことこの上ない。ぼくの中では昔の記憶があってYouTubeに広告なんてないことが当たり前なので、それを消すために毎月お金を払うなんて信じられないし絶対にやりたくない愚行だ。しかし広告は消したいのでぼくはBraveのブラウザを使ってYouTubeを鑑賞している。Braveを使えば無料で他の動画サイトの広告も削除されるので非常におすすめだ。こんな素晴らしいものを無料で提供してくれているどこの誰かも知らない技術者に感謝したい。
・世界は段々よくなり続けているというのは本当か?

果たしてFACTFULLNESSの本のように、世界は着実によくなっているのだと実感しながら生きられる人は、この世にどれくらいいるのだろうか。逆に論文にもエビデンスにも触れずに普通に生きている身としては、世界は悪くなってきていると不満を抱いている人も少なくないだろう。ぼくが世界や日本を旅していても「悪くなった」「高くなった」「厳しくなった」と不平を言う人によく出くわすことも、それを裏付けている。それだけならばまだいいものの、最悪の場合として戦争などが起きて行きたかった国に入国できなくなったり、バーミヤンの大仏のように訪れたかった世界遺産が破壊されたりすると、もっと以前に行動を起こせばよかったと後悔することにもなり兼ねない。
論文は世界中のデータをまとめて世界の状況を総合的に把握することができるので、エビデンスに基づいたFACTFULLNESSの言う通り世界全体・人間全体で見ると状況は確実によくなり続けているのだろう。1人の人間としてそれは非常に喜ばしいことだし、だからこそオルカンに期待が持てるというものだが、それにしても世界全体がよくなっているという事実と、人間として普通に生活したり旅するに当たって「本当に世界はよくなっているのだろうか」「むしろ悪くなっているのでは」と思ってしまう現状との乖離は不思議な現象だ。まぁスマホが発明されたりAIの技術が進歩していることで便利になっている部分も大いにあるし、医学は常に日進月歩で研究が進み医療技術が発展しているのも確かなので、生活で悪くなっていると不満を心に抱いている人々は、世界のいい面ではなく悪い面に敏感に反応してしまう傾向があるということも否定できない。
それとももしかしたら世界全体がよくなっていくために、個人個人の人間が我慢を強いられているのだろうか。それが今の世界の現状なのだろうか。世界全体が幸せになれば、個人も幸せになれるはずなのに、必ずしもそうはならないという点に、現代の人間社会の複雑な落とし穴がある。逆に言えば世界全体がよくなっていくならば、人間個人の幸福や感情や気持ちなどどうなっても構わないと突き進んでしまうところに、人間社会の凶暴性が垣間見えるのかもしれない。
・旅は若いうちにした方がいいというのは本当か?

このように考えていくと果たして世界はよくなっているのか、悪くなっているのかよくわからなくなってくる。もちろんエビデンスに基づいた論文によれば世界はよくなり続けているのだが、それと個人個人の人間が本当によくなっている、幸福になることができていると実際に感じることができるかどうかは別問題だ。
しかし旅に関しては「旅は若いうちに行った方がいい」「旅は早いうちに行った方がいい」というのは誰もが口を揃えて言う真実なのだろう。若い方が健康で体もよく動くし、体力もあるし、感受性も瑞々しくて物事を吸収しやすいし、時間も多く取れる可能性が高い。一方で若い時代にはお金がないのがネックとなる。また知床半島の事例からも言えるように、世界は時代を経るごとに料金が高くなり、規制や規則が厳しくなり、世知辛くなり、自分の心の赴くままに純粋に情熱を燃やしながら旅をすることが難しくなる(らしい、定年退職後のおじさんたちによると)。少年的で冒険的な旅を思う存分満喫したいなら、早く旅に出るに越したことはないし、迷っている暇はない。
究極的に言うと若くて健康な時代に、永遠に旅するほどの資産形成ができれば旅人としては最高だ。そのような永遠の旅人を目指して、ぼくも日々試行錯誤を続けている。
