「鬼滅の刃」と儒の死生観の関係!死んだ人は自分の近くで優しく見守ってくれているというのは本当か?

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人は死んだらどうなるのだろうか。

「鬼滅の刃」と「儒」の死生観の関係!死んだ人は自分の近くで優しく見守ってくれているというのは本当か?

・人は死んだらどうなるのだろうか
・仏教における輪廻転生の思想は日本人に根付いているのか
・仏教的葬式方式とは異なる日本人の本当の死生観
・日本人の精神に影響を与える中国古来の「儒」の死生観
・「鬼滅の刃」では死んだ人が見守って生きている人を助けてくれる
・ブログ「みずいろてすと」の死生観の記事一覧

・人は死んだらどうなるのだろうか

人は死んだらどうなるのだろうか。それはあらゆる人間にとって最大の謎であり、この世のすべての人間が絶対に死んでしまう限り、その答えを誰もが知りたがっているに違いない。しかし残念なことに、死んでからもう一度この世に帰ってきた人はいないので、死んだらどうなるのか誰も教えてくれないし、誰にもわからない。

ぼくたちは死ぬとどうなるのか、死ぬとはどういうことなのかを全く知らないままで、おとなしく絶対に訪れる死というものを待つしかないだけのどうしようもない無知な生き物だ。その観点から言えば、科学技術が発達した令和の時代においても、原始時代や縄文時代においても何も変わらない。スマホを巧みに操って最新の人間になっているようなつもりでも、結局ぼくたちは大切なことに関して原始人と同じくらい無知であり、原始人と比べて全然進化していないのかもしれない。

 

 

・仏教における輪廻転生の思想は日本人に根付いているのか

人は死んだらどうなるのか、確かな答えはわからなくても、ぼくたちは自分が死んでしまうことを知っている以上、どうなるのか妄想したり考えずにはいられない。死んだらどうなるのかという説は、宗教や民族や風土によって異なっていくるだろうが、ではぼくたち日本人の場合はどうだろうか。日本人は、死んだらどうなると考えているのだろうか。

日本人のお葬式というのは、たいてい仏教の方式で執り行われる。仏教には人は死んだら生まれ変わるという「輪廻転生(りんねてんしょう)」の思想があり、死んだ人が生まれ変わる日が49日目だから、日本ではその人が死んでから49日目に法事を行うという。生まれ変わるということは、死んだ人はもうこの世界のどこかで49日目に新たな生を受けているということだ。

死んだ人の魂はどこへ行ってしまったのだろう。もしかしたら来世では日本人じゃなくてインド人になってしまったかもしれない。もしかしたら今度は人間じゃなくて牛として生まれ変わってしまったかもしれない。誰にもそれはわからないが、ともかく死んだら自分たちとは関係のない世界へ旅立ち、新しく生まれ変わると信じられているのだ。

 

・仏教的葬式方式とは異なる日本人の本当の死生観

しかし、いくら日本人が仏教徒でお葬式を仏教方式でやるからと言って、ぼくは日本人がこのような輪廻転生を心の底から信じているとはとても思えない。それは周囲の数々の日本人を見てきて抱く感想である。日本人は、輪廻転生なんかこれっぽっちも信じていないのではないだろうか。

例えばよく、日本人は直感的に死んだ人が空から自分を見守ってくれていると感じている。だからうちのおばあちゃんなども、死んだおじいちゃんが家族みんなをしっかり見守ってくれるようにと天に向かってお祈りしている。また仏壇に祈りを捧げれば、日本人はそこに死んだ人がいてくれているとなんとなく感じるだろうし、お墓参りをしたならば、死んだ人がそのお墓にいるような気持ちになる。

つまり、全然生まれ変わったなどと思っていないのだ。人が死んで生まれ変わると信じるならば、その人は世界のどこかで49日目に生まれ変わっているはずであり、インド人になったのか牛になったのかは知らぬが、とにかく自分とは関係のない人生を新たに生きているはずなのだから、ぼくたちのそばになんかいるはずがないのだ。しかし日本人は、死んだ人は自分たちのすぐ近くかもしくは少し離れた空にいて、きちんと自分たちを見守っていると心から信じてはいないだろうか。これは輪廻転生の思想からはかけ離れた観念である。

 

・日本人の精神に影響を与える中国古来の「儒」の死生観

ではこの「死んだ人は自分たちのそばでいつまでも見守ってくれている」という思想は、どこから来ているのだろうか。お葬式の方式を仏教的に執り行い、自分たちは仏教の死生観を信じていると見せかけて、全然輪廻転生なんて信じていない日本人の、真実の死生観は何に由来しているのだろうか。それは中国古来からの「儒」の死生観ではないだろうか。

「儒」とは孔子が論語を書き儒教を成立させるずっと前から、古代中国で受け継がれて来た中国人的な死生観だ。中国人は即物的、物質的であり、輪廻転生など生死を超えて壮大なスケールで描く想像の翼を広げたインド的な死生観ではなく、目に見える範囲で現実的な死生観を抱いていた。それが人は死んだら土と空に分離するという観念で、しかしいずれも目に見えない範囲には飛んでいかないで、自分たちの近くや周囲に留まってくれるものだという。

死者は自分の目の見える範囲、思いの範疇に留まったままで自分を見守ってくれるというこの古代中国の儒の思想は、まさに日本人の死生観にも多大なる影響を与えているのではないだろうか。

 

 

・「鬼滅の刃」では死んだ人が見守って生きている人を助けてくれる

日本人は死者を輪廻転生したものと思わずに、自分の近くで優しく見守ってくれているという死生観が如実に表れていたと感じたのは、今大ヒット中の「鬼滅の刃」である。まさに「鬼滅の刃」の物語の中では、死んでしまった家族やご先祖様や人々が、主人公の炭治郎が大ピンチの時に突如として現れて助けてくれる。これはアニメ上の演出と思えばそれまでのことなのだが、まさに日本人の死生観を、死んでしまった人々が輪廻転生するわけではなく、死んだままの姿でこの世に留まり、死者を優しく見守り時には助けてくれると信じている日本人の死生観をそのまま表していると感じて非常に興味深かった。

第19話の那田蜘蛛山で、主人公の炭治郎が十二鬼月のひとりである累と戦っている際に、これまでで最強の敵である累に苦戦し炭治郎は絶体絶命のピンチに陥るが、走馬灯の中に死んだお父さんが出てきて幼い頃に教わったヒノカミ神楽の舞を思い出し、そこから新しい「ヒノカミ神楽 円舞」という強力な技を繰り出すことに成功する。また蜘蛛の糸に巻き取られ気を失い眠っていた禰豆子のもとに死んだはずのお母さんが突然現れ「禰豆子、禰豆子、起きて、禰豆子、お兄ちゃんを助けるの、今の禰豆子ならできる、頑張って、お願い、禰豆子、お兄ちゃんまで死んでしまうわよ」と禰豆子を目覚めさせ、禰豆子が「血鬼術 爆血」という技を繰り出すことで炭治郎を助ける。

第3話では炭次郎の修行の最終課題として、巨大な岩石を刀で切り裂くように師匠の鱗滝さんから命じられる。しかし炭次郎がひとりでどんなに努力して岩石を切り裂こうと試みても、全くできる気配もなく炭次郎は途方にくれる。そんなとき、狐のお面をかぶった不思議な子供である錆兎と真菰とが出現し、炭次郎が岩石を切り刻むのを助けてくれた。後に炭次郎は、錆兎と真菰が既に死んでしまった鱗滝さんの弟子だった子供だと知ることになる。同じ鱗滝さんの弟子として、錆兎と真菰は死んでも霊として出現し修行中の炭次郎を助けたのだった。

第4話では鬼殺隊の最終選別において鱗滝さんに深い恨みを持つ異形の鬼に襲われ、炭治郎が気を失ってやられそうになる。異形の鬼がとどめをさそうとしたその瞬間に、死んだはずの弟である竈門茂が出現し、炭治郎を起こしてくれることで間一髪で殺されることを免れた。

このように親や家族は死んでもまだ自分の周囲のどこか見える場所から見守ってくれていて、いざと言うとき助けてくれるという観念は、日本人として自然な死生観として感じられる。人間は必ず死んでしまうのだから、生きているうちに数々の死別を経験することは免れないことだろう。しかし大切な誰かが死んでもなお自分のそばで見守っていてくれるのだと思えば、死別の悲しみの中にも少し安心が生じてくるものなのかもしれない。そして日本人として当然の、しかしあまり表現されたり言及されたりしない潜在的な死生観を映し出しているからこそ、「鬼滅の刃」は日本人を夢中にさせているのかもしれない。

 

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